うそから出たなんとやら_6

「昨日何で待っとってくれんかったん?」

 拗ねたような表情をした仁王の言葉に私は首を傾げた。

 一昨日が約束の1ヶ月の最終日だった。
 私たちは久々に屋上でお昼ご飯を食べて、いつも通り2人で暗くなった道を帰った。仁王のラケットバッグにぶら下がっているペンギンを見た私は自分の鞄に付けていたそれをそっと手のひらに隠したのだった。わざわざそんな、仁王がいちばん大切にしているものに引っかけなくても良かったのに。なんて考えながらも、正直な頬はだらしなく緩んでいたと思う。
 もうすぐ家だというところで「今日で最後だよね?」と声をかけると仁王は小さく肯定を返しただけだった。別にお礼を言って欲しかったわけではないけれど、なんだか呆気ない最後だなと寂しかったのを覚えている。この1ヶ月のうちに隣の体温が当たり前になっていたせいで、自分は欲張りになってしまったのかもしれない。
 そしていつも通り家の前で仁王の背中を見送って、私たちのペテンは終了した。
 そう、終わったのだ。もちろん私は昨日、授業が終わるとすぐに帰宅したし、今までの出来事を高校生活の中で最も良い思い出として処理しようとしていた。フリとは言え好きな人との幸せな時間。だと言うのに、この男は一体なんなのか。気分屋は困るよほんとに。

「……一昨日で終わりだったよね?」

 困惑極める私の小声を聞いた仁王は大げさにため息をついた。眉間をつまむその姿を見て私も顔をしかめる。意味がわからないにもほどがある。ため息をつきたいのは私の方だ。
 ふと切れ長の目と視線が交わると、その熱量に気圧された。
 しばしの沈黙を挟んだ後、もう一度息を吐いた仁王はそっと囁いた。

「なんだ、脈アリかと思っちょったのは俺だけか」
「えっ」

 困惑はすぐさま声となった。
 みるみるうちに顔が火照ってきたのでこっそり深呼吸をする。目を見開く私と対照的に、彼は楽しそうに瞳を細めている。
 一人また一人と生徒が揃っていくいつもの朝の教室で、私たち2人だけがおかしな関係を保っていた。脳みそはとうに適正温度を過ぎている。私の口からは文章にならないレベルの狼狽がいくつかこぼれたが、彼からの説明は何ひとつ返ってこなかった。
 これは感謝の意が込められた度を超えるリップサービスと見なすべきか、仁王が得意技で私をからかっていると考えるべきか。
 窮屈な2択でどうにか納得するべきなのに、心の奥底では第3の選択肢が首をもたげる。これは都合のいい妄想なのだろうか。自分に問いかけてみたところで、私に詐欺師の気持ちが見通せるわけがない。
 たくさん会話をして、手を繋いで、試合に招待してもらって、終いにはデートまでした。夢のような時間は、濃密であれが本当にただのペテンで済まされるのかと問われると答えに窮する。正直に白状するならば、私だってうっすら期待していた。しかし、極端に自信がない私にはまだ判断材料が足りないのだ。
 この言葉は卑怯かもしれない。けれども、臆病な私はもう少し背中を押してくれる何かを欲していた。気がつくと、いつも通り可愛くない台詞が口をついて出た。

「からかわないでよ」

 しまった! と思った時には遅かった。仁王はくつくつと喉を鳴らす。

「好きな子には好きと言わせてみせるって言ったろ?あとは自分で考えんしゃい」

 返ってきた彼の言葉に撃沈。ついでに去り際にはまたも髪をかき回されて耳まで熱くなってきた。
 ああ、もう。信じられない。いったいいつから、そしてどこから。
 思い返せば私はもっと早くに気付いてしかるべきだったのかもしれない。彼からのサインはいくらでもあった。私はあまりにも鈍く、卑屈な自分に思わず嘆息したのだった。

§

 パタパタと階段を上る音がする。気の抜けたそれは、足音の主が上靴のかかとを踏み潰していることを教えてくれる。彼が来たのだ。とてつもないスピードを刻む心臓が痛いくらいだった。さっきまで何度も何度もシミュレーションをしたのに、緊張でこのまま死ぬかもしれない。私は机に突っ伏した。

「ミョウジ」

 教室で待ってるという私からの連絡をしっかり受け取ったらしい部活終わりの仁王は、声をかけてこちらへ歩み寄ってきた。音を立てて前の席の椅子が引かれる。彼はそこに腰を下ろしたようだった。

「詐欺師相手にタヌキ寝入りとは感心せんの」

 そう笑って、仁王はいつまで経っても顔を上げない私の旋毛を指で押す。それをゆるく払いのけると、今度は手を掴まれた。

「俺に言うことがあるんじゃろ?」

 頭上で響く声は笑い混じりで、詐欺師相手にはシミュレーションなんて役に立たないなと痛感することとなった。数度うめき声を発した私は彼の手を握り返す。じわりと行き交う熱のせいで涙が出そう。
 照れ屋もここまでくると病気の域かもしれない。しっかりしろと自分を奮い立たせ、私はゆっくり口を開いた。

「……私が仁王のことずっと好きだったって言ったら、私たちはどうなるかな?」

 彼の笑い声が一段と大きくなった。石橋を何回叩く気だと再び旋毛を押される。非難するように名前を呼んで顔を上げると、頬杖をつく仁王と目が合った。
 普段鋭いばかりの瞳が甘く緩んでいるものだから、私の胸は飛び跳ねる。

「そしたら、これからも手繋いで帰れることになるのぅ」
「……私ね、仁王のこと好きだよ」
「ん、知っとるぜよ。俺も一緒じゃき」

 緊張の糸が切れた私の目からポロリと雫が落ちた。それを見て、頑張ったのうなんて子ども扱いしながら頭を撫でてくる仁王の頬は少しだけ赤くなっている。びっくりするくらい不器用なのはお互い様かもしれないなと思った。


 かくして私と仁王のおかしな詐欺・恋人ごっこは、嘘が現実になるカタチようやく終わりを迎えたのだった。私はこれからも彼に楽しく振り回されていくのだろう。

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