高嶺の花_1
普段はあんまり映画館なんて訪れない私だけど、今回ばかりは特別だ。なんたって今日は大好きなシリーズの最新作の公開日。カーアクションが売りのド派手な映画なのだから、大画面で見ないと損に決まってる。放課後のことを考えて朝からソワソワしていた私は、終礼後すぐに映画館へと足を向けた。
既に席が埋まり始めているなと思いながらチケットを確保し、ロビーの椅子に腰掛けた。まだシアターに入れるまでには時間があるため、作品の予告が流れるモニターをぼんやり眺めて待つことにする。
モニターの映像が一周した頃、好きな少女漫画の実写映像に心の中で異議を申し立てていると、視界の隅に見覚えのある制服が映った。相手と目が合う前に慌てて顔を伏せる。同じ制服、そしてあの黒いキャップ。たぶん、あれは隣のクラスの荒船くんだ……。
荒船くんといえば、大の映画好きで有名だ。あ、もちろんボーダー隊員って意味でも有名だけどね。でも私からすると、ボーダー隊員として働いてる荒船くんは見たことないけど、映画について熱く語ってるところは何度か目撃したことがあるので、そっちの方が印象深い。今日のお目当ては何だろう。もしかして、私と同じだったりするのかな。そう思うと、私の首はますます縮こまってしまうのだった。
そもそも私は学外で同級生に鉢合わせたくないタイプだし、全然そんなことないのに「もしかして映画好きなのかも?」とか思われたりしたら忍びない。気付かれませんようにと願いながら用もないのにスマホに視線を落とす。早く入場アナウンス流れないかな。適当なアプリを開いたり閉じたりしていると、ふいに爪先に影が落ちた。……あちゃー、見つかった。
「なあ、ミョウジだよな?」
「荒船くん、こんにちは」
学校でも友達が多いだけあって、たいして面識のない私にもフランクに声をかけてきた。無視するわけにもいかずおずおずと顔を上げれば切れ長の瞳と目があった。
私の隣、0.8人分くらいの隙間に無理やり座ったりはせず、荒船くんは目の前に立ってこちらを見下ろしている。その手にはやはり、私のお目当てと同じタイトルのチケットが握られていた。そうだよね。やっぱりアクション映画好きなら外せないタイトルだよね。トレードマークの帽子で自分を仰ぎながら長い息を吐く彼は、私と同じく急いで映画館に駆け込んだクチらしい。
「何見に来たんだ? ……アレとか?」
言いながら彼の視線は少女漫画の実写に飛んだ。どうやらこの作品も今日皮切りだったらしい。脇役の男の子がもう少し、それこそ目の前の彼みたいなクール系の顔立ちだったらなあと思いつつ首を横に振る。
「ううん、私は洋画を……」
「じゃあ一緒か」
ぼかして答えてみたがチケットを見せられたので、観念して頷く。同じ印字の券を見せると、荒船くんが少し嬉しそうな顔をした。鋭い目が少しだけやわらいで思わずドキッとしてしまい、自分のミーハーさに内心苦笑い。
「ミョウジも映画好きなのか?」
「あー……映画が、と言うわけじゃなくて、このシリーズがすごく好きなの」
「なるほど。面白いからな」
避けたかった話題を持ち出されてこっそり冷や汗をかいた私だったが、荒船くんはと言うと残念そうな顔をしたりせず、噛み締めるように数度頷いた。否定的な返しをしない気遣いに、こりゃあモテますわ……などと感心しきっていると、ようやく待ち望んだ入場アナウンスがなされたのだった。
§
ハ? ……めちゃくちゃ良かった……。
呆然としたままシアターを出て、ややおぼつかない足取りでロビーを横切る。シリーズを通しての目玉であるカーアクションはまた一段と派手になっていた。思いもつかないようなことを車でやってのける主人公は痛快で、車が大破しても当の本人がピンピンしている様はちょっぴり笑いを誘う。そして何より、前作で死んだはずの大好きなキャラクターが実は生きていたとか、そんな嬉しいことあるなんて聞いてない!
めっちゃ面白かったわ! と興奮した様子で感想を言い合う男性2人組みの背中に、私もそう思った!! と声をかけそうになる衝動を抑え込みながら、ノロノロと下りエスカレーターへ向かう。
映画館に来る時はだいたい1人きりだし、それが気楽で良いと思っている私ではあるが、今回ばかりは誰ともこの興奮を共有できないことがもどかしかった。今度から誰かを誘うべきか。でもシリーズ物って声かけづらいんだよなあ。
ボーっとして帰路へ着く人の波に従っていると、ふいに誰かに腕をぶつけた。いや、これ、腕を掴まれてる? 怖くなって振り向くと、帽子を取った状態の荒船くんがいた。心なしか目が虚ろだ。うん、気持ちは分かる。
「あ、悪い急に」
「ううん、大丈夫」
パッと腕は離れたが、荒船くんはするりと私の隣に並び立った。普通の状態だったらあんまり仲良くない男子と一緒に歩くって少しこそばゆく感じるだろうけど、今はそれどころではない。あのシーンが良かったし、あの台詞は笑えた、なんて映画の内容を反芻するので忙しい。
エスカレーターを降りきり、それじゃあ…と荒船くんに一言別れを告げようとしたのだが、細い声はいともたやすく彼の言葉に遮られた。
「この後なんか用事とかあるか?」
「や、家に帰るだけだよ」
逡巡した彼は、もし良かったら…なんだが……と歯切れ悪く切り出した。
「…今の映画、1人じゃ消化しきれねえから、ちょっと感想聞いてくれねえか? もしくは聞かせてくれ」
「えっ! 良いの?!」
思わず食い気味に返事をしてしまったからか、荒船くんはパチパチまばたきをして固まってしまった。驚いてる顔なんて初めて見た。まあそもそも、あんまり話したこともないんだけど。
「じゃあそこのカフェとかで良いか?」
一拍置いて我に返った荒船くんの提案に、私は大きくうなずいたのだった。そっか、感想の共有に最適な人がここにいたね。