高嶺の花_2


 席に着いたあたりでようやくこの状況の非現実具合に気付いた。たいして話したこともない男の子と2人きり。しかも相手は大の映画好きである。
 ノコノコ着いてきたけど、大丈夫かコレ…。私の感想、面白くないのでは? 不安に思っている私をよそに、荒船くんはぽつぽつと印象に残ったシーンを並べていく。結局、それを聞いているうちにさっきまで渦巻いていた映画への熱が顔を出し、心配事など吹き飛んだのだった。
 荒船くんがアクションやカメラワーク、今回回収されなかった伏線に触れる一方で、私はキャラクター同士の関係性や前作と同じ言い回し、登場した日本車などに注目した感想を聞いてもらう。お互いに目の付け所が違うので、出てくる感想も大きく変わってくる。思いもつかない視点から提供される考察は聞いていてとても楽しい。同じような熱量でこのシリーズの話をできる人がこんなに近くにいるなんて。嬉しくてついつい口数も増えると言うものだ。

「俺は車種とかはあんま分かんねえな。結構カスタムしてあったりもするし。ミョウジはその辺詳しいんだな」
「えへへ、そんなことないよ。実を言うと今のは、公式SNSから事前に仕入れた情報でした」
「なんだよ! 詐欺じゃねえか」

 そう言って彼は、歯を見せて笑う。やや乱暴な言葉遣いとあの鋭い目付きから、荒船くんって近寄りがたい感じがしていたんだけど、実は話しやすい普通の同級生なんだなと感激しているというのは、目の前の本人には内緒にしておこうと思う。
 お互いの話に相槌を打ち、時折「それ思った!」と反射的に相手の感想に乱入する。会話のキャッチボールとしては少しばかり熱が入りすぎていたが、文句なしに楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。
 そろそろ出るか、と荒船くんが声をかけてくれた頃には外はかなり暗くなっていて、携帯には母親からの連絡が山のように入っていた。今から帰る旨を添えた謝罪文をしたため終えると、待ってくれていた荒船くんは私と同じ方向に歩き出した。


「荒船くんも帰り道一緒?」
「まあそんなとこだ。家まで送る」
「えっ。いいよ。この辺明るいし車も多いし……」
「こんな時間に女子を1人で帰らせるわけにはいかねえだろ。そもそも引き止めたのも俺だしな。黙って送られとけ」
「……」

 スゴイなこの人、こんな台詞サラッと言えるなんて…。ほんと、こりゃあモテますわ。少女漫画顔負けのスマートさなんだもん。最初に声をかけられてから1日も経っていないのに、この数時間の間に何度もドキッとさせられている私のなんとチョロいことか。
 甘酸っぱい気持ちになりかけて歩みが遅れるとすぐに、どうしたんだと訝しむ目と視線が交わった。

「…なんだよ」
「いや、めちゃくちゃカッコイイ台詞だなと思いまして……」
「…くだらねーこと言ってないでさっさと行くぞ」
「今の褒めてるからね! 揶揄ったんじゃないよ」
「そうかよ」

 口をへの字に曲げ帽子のつばを引き下げた荒船くんはまたズンズンと歩き始めた。もしかして照れ隠しだったりして、なんて思うが、それを見極められるほど彼について詳しくはないのだった。
 それでも、今みたいに自然と車道側を歩いてくれる良い人だってことは今日一日で十分、分かったけどね。


 私のナビゲーションに従い、2人して三叉路を右に進む。星がよく見える方向にはボーダー本部の明かりが点っている。私の家まではもう少しだ。
 お互いに、今日の映画への熱が少しおさまってきたこともあり、沈黙が増えた。ちょっと気まずい。早く着かないかな。こっそり蹴った足下の小石が、荒船くんの方に転がっていった。げ! ヤバイ…。

「他に気に入ってるシリーズ映画とかないのか?」

 内心焦る私をよそに、荒船くんは小石をまっすぐ蹴りながらそう言った。

「えっ、あ、シリーズ? うーん、博物館の展示物が動いちゃうやつとか、分かる?」
「ああ、Tレックスが犬みたいだった……」
「そうそう、あれなんかはかなり好きだったよ。でも、そもそも映画をあんまり見ないから、他は特に思い浮かばないな。有名作品くらい見ておきたいって気持ちはあるんだけど、どれが自分の好みに合うかは実際に見てみないと分かんないし難しいよね。レンタルして違うなってなると悲しいし……」

 誰かにオススメ教えてもらえたら、見ると思うけど。なんて冗談めかして言うと彼は、待ってましたと言わんばかりにこちらを見た。

「じゃあ、俺のオススメなんてどうだ?」
「えっ」
「DVDも結構持ってるし、ミョウジが気に入りそうなやつ見繕ってやるよ」
「いいの?」
「布教のチャンスに腕がなるぜ」

 そう言って彼はニヤリと笑う。普段は少し大人びて見えるが、楽しそうに瞳を光らせる様子は年相応に見えた。せっかくの縁がこれきりにならずに済みそうだ。

「やった! 楽しみにしてるね。そして、ここが私の家です。今日は声かけてくれたうえに家まで送ってくれて本当にありがとう」
「気にすんな。じゃあまた学校で」
「うん、またね!」

 来た道を戻る荒船くんの背を見送りながら、珍しく、週明けを待ち遠しく思った。

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