34話 泪の妊娠
34話 泪の妊娠
年が明けて、灰さんの奥さんは元気な第一子を出産した。女の子だった。
そして、2月の初めに«ジェミニ»はついにプロデビューする。
実架さんは一応コンビニバイトに席は置いていたが、デビューシングルがバカ売れ、オリコン1位を獲得。4月には音楽活動が忙しくバイトには来れなくなり、正式にバイトを辞めた。
その頃には雅さんも『イケメン天才作曲家』と評判になり、彼の仕事が増えると共に、ちらほら彼が同性愛者でパートナーシップを結んだパートナーがいるという話も流れ始めてくる。
しかし、秋斗さんと雅さんは相変わらずで、もう開き直ったように仲良くしていた。
パパラッチにも撮られ話題になったが、雅さんは「俺はアイツしかいらないんです。アイツのためなら作曲辞めますし、死ぬことすら出来る。だからアイツを悪くいうのはやめてくださいね」と告白。騒がしい世間を黙らせた。
逆に、「イケメン作曲家の彼氏はイケメン!!萌える!!」と女性からの人気が爆発したとか。
僕達の取り巻く環境が変わりつつある、そんな5月のある日、春樹のiPhoneに泪さんからLINEが入り、突然うちに来る事に。
「なんかあったのかな?」
「相談あるって言ってたけど、どうしたんだろな?」
ちょうど僕も春樹も仕事はなくて、すぐに来ていいよと返信はしたけど、「男の意見も聞きたいから洵もいて」と書いてあったから心配になる。
そんな、昼下がり。
ーピンポーン
「いらっしゃい」
「……うん」
春樹が泪さんを出迎えて、リビングに迎え入れるけど泪さんは暗い顔。
今にも不安で泣き出しそうな、そんな顔をしていた。
「泪、まあ座れ」
「……うん」
春樹が泪さんをソファーに座らせる。
「泪さん、なにか飲む?」
「……あ、あの……カフェイン入ってないやつ、ある?」
「カフェイン?オレンジジュースならあるよ」
「……じゃあ、それ、ちょうだい……」
暗い顔、というか、具合が悪いのかもしれない。
ハンカチで口元を押さえ、青い顔をしている。
そういえば、最近泪さんの様子がおかしかった気がした。
スタジオ練を体調不良で休む日が増えたのだ。
僕はグラスにオレンジジュースを入れる。
「はい、泪さん」
「……ありがと」
「泪、まだ体調悪いか?大丈夫か?」
大丈夫。
と、泪さんは力なく笑う。
「……拓也さんとなにかあった?」
「…………」
「拓也になにかされたのか?!」
「ち、違う……いや、違くも、ない。あの、あのね……私、」
妊娠、したかも、しれない……。
泪さんはギュッとスカートを握る。
「え、妊娠?!」
「え、ちょ、まじかよ!?」
「……うん……«ジェミニ»のデビュー直前だからちょうど3ヶ月くらい前に、デビュー祝いって2人で酒盛りしたの……で、そのまま2人とも泥酔したまましちゃって……」
「ゴム付けたかわかんないのか」
「……うん……」
「病院は?」
「……まだ行ってない……でも検査薬は陽性だった……」
でも、なんか違和感がある。
拓也さんと泪さんの仲なら、いち早く拓也さんに連絡して妊娠を喜ぶんじゃないのだろうか。
「拓也さんは知ってるの?」
「……まだ。怖くて言えなくて」
「怖い??なんで??」
泪さんはもう泣き出してしまった。
「え、ちょ、泪!?」
「……だ、って、今、あいつ……人気バンドの1人なん、だよ?……なのに、結婚とか……子供とか、言ったら……人気商売なのに……あいつ、今めっちゃ楽しそうに、してんのに……」
「……泪さん……」
「馬鹿だなぁ、お前は……」
泣きじゃくる泪さんの肩を抱く春樹。
そして、よしよし、と頭を撫でる。
「拓也はお前が大切だよ。なんでも叶えてくれるくらいに愛してんじゃん。とりあえず、拓也と相談してみようぜ?でも、私はあいつはちゃんと認知してくれると思うよ」
「……ぅ、ぅう……」
泪さんは春樹の腕の中で子供のように泣きじゃくる。
そして、一通り泣いて落ち着いて、「ごめん」と離れる泪さんに春樹は微笑む。
「とりあえず今から病院行こう。ついて行ってやるから」
「でも……」
「泪さん、大丈夫だから、とりあえず行ってこよう?」
「……うん」
僕はついて行くと勘違いを産むし、家で留守番することになる。
春樹達が出ていった後、部屋で1人、僕は考える。
僕が春樹と軽率に行っている『行為』は軽率には行ってはいけないんだということに改めて、気づく。
その行為は、子供を、命を育む行為で、未熟な僕は、まだ父親にはなってはいけない。
それに、自分の父親の事もまだ吹っ切れていない。
少し、考えなきゃいけないな。
結局、泪さんは拓也さんとの子供を妊娠していた。
独りでは不安だろうと、春樹は拓也さんの次の休み……1週間後までうちでいたらいいよと提案した。
僕も賛成する。
1週間後、拓也さんとの約束を取り付けられたから、それまで独りに出来なかった。
「……でも、」
「でも、じゃねーの。私らはお前の味方だからさ」
だから、いてよ。
そう春樹が笑うと、泪さんは泣いた。
春樹はまた笑って、泪さんのお腹に「お前のかーちゃん泣き虫だな〜」と笑いかけた。
そして、それから3日が経って、泪さんは仕事を休職して家にいるし、春樹は1日仕事、僕は夕方からコンビニバイトの昼。
僕は雑炊を泪さんに作る。
「食べれる?」
「……うん、ちょっと気持ち悪いけど、大丈夫」
ありがとう、と小さく笑って、泪さんは雑炊を口にする。
少し食べれるみたいでよかった。
僕も向かいに座って食べる。
「……洵、ごめんね」
「え?なにが??」
「……だって、私がいたら春樹さんとイチャイチャできないじゃん」
「なんだ、そんなこと?」
「え?」
泪さんは困惑する。
「泪さんが妊娠して、僕もちょっと考えたんだ。軽率にしちゃいけないなって。泪さんが寝てる間に春樹ともそういう話したし。だから気にしないで」
「……洵は、春樹さんとの子供欲しくないの?」
「え?!」
今度は僕が困惑した。
でも、僕はお茶を1口飲んで、話し始める。
「……春樹は怖いらしいんだ。自分も親や茉妃奈さんみたいなことしないかって。そんなことしないよって言ってるけど、怖いらしくて」
「……洵は?」
「え?」
「洵はどうなのって聞いてるのよ、私」
泪さんが怖い顔をするから僕は一瞬息を詰まらせる。
泪さんは、春樹を大好きだから、答え次第ではシメられるんだろうな……。
「欲しいよ。絶対可愛いと思う。でも僕は未熟で、しかもリスカ痕あるし強姦魔の子供だし、なんか子供が可哀想で」
「馬鹿だなぁ」
「ひどっ」
「でもその優しさがあんたの良さよね」
泪さんは穏やかに笑う。
あれ?合格だったのか?
「ねぇ、もし拓也が認知してくれたら2人で名前考えてくれない?」
「え?!僕達が?!」
「うん。2人に決めて欲しい」
拓也には文句言わせないから!と泪さんが言うから僕は「春樹に相談してみるね」と答える。
それから泪さんの体調が心配になりながらも、僕はバイトに行き、その2時間後に春樹が帰る。
それから拓也さんの休みの日になり、僕は不安になりながらも、清々しい顔で僕達の家を出ていく泪さんを見送った。
ーつづくー