35話 ストーカー

35話 ストーカー


6月、ジューンブライド。
泪さんと拓也さんは結婚式を挙げた。
純白のウエディングドレスに身を包んだ泪さんとタキシードの拓也さんは嬉しそうに永遠の愛を誓いあう。

あの拓也さんの休みの日、泪さんが妊娠を告白すると拓也さんはすぐに事務所に連絡して結婚をしたい旨を告げた。

事務所は困惑していたらしいが拓也さんが泪さんと付き合っていたことは知っていたし、翌日には承認。

結婚を発表すると大きな話題となり、ワイドショーはその話題で持ち切り、そして拓也さんの結婚相手の泪さんと天才作曲家の雅さんのパートナーの秋斗さんが所属するバンド、«sins»も注目されるようになる。

プロ打診もあったのに。実力もあるのに。どうしてプロデビューしないのかと騒がれる中、«sins»は泪さんの出産準備により活動休止を決定した。


そして、またストーカーの狂気が復活する。


「(……また来てる)」

前回と同じような手紙が投函されて早3回目の7月上旬。

内容は、3回とも、『お前のせいで«sins»は活動休止になった。春樹を返せ』とだけ。

「(……僕のせい、って。馬鹿馬鹿しい)」

僕はその手紙を鼻で笑い、ビリビリに破いて捨てる。

«sins»が活動休止するのは泪さんの体調を優先してのこと。
つわりが酷いらしいし、ライブなんかして流産なんて、笑えない。

このストーカーはSNSの投稿を見てなかったのだろうか。
僕が春樹と付き合っていることを知っているなら、活動休止が僕のせいとなるのはおかしい。
泪さんの相手は拓也さんだ。

そして、春樹は貴方のものでは無い。


僕のものだ。


そんな手紙を無視しつつ、バンド活動をしなくなった代わりに僕達は色んな所に出かけた。

泪さんの妊娠で自分達の行動を見直した僕達は、家で睦み合う事もあまりしなくなった代わりに色んな所に出かけた。

ショッピングモールはもちろん、水族館、動物園、植物園、美術館、映画館、山や海にも行った。

その日は朝からカラオケに行った日だった。

夕方、部屋に帰るとどこかで見覚えのある女の子(高校生くらい)がマンションの前でウロウロしている。

「……春樹さん」

「……??」

春樹のファンの子だろうか。
春樹を見つけると、嬉しそうで悲しそうな顔をして、そして、僕をギッと睨む。

僕はその顔を知っていた。
この子、クリスマス前ライブの時にライブハウスでいて、僕を見つけるなり今と同じ顔で僕を睨みつけた子だ。

「……どうして、そんなやつと付き合ってるの」

「……キミ、手紙の子?」

「……だったら?」

「ずっとキミが??」

「そうよ」

僕が問いかけるとまた睨む。
そして悪びれもしない。

「手紙?え、まさか……」

「彼女が例のストーカーみたいだね」

『ストーカー』という言葉に女の子はカッと顔を赤らめ憤怒する。
違う!!私は!!と悲痛な叫び。

「ストーカーは貴方よ!!春樹さんは私の王子様なの!!貴方がストーカーなの!!」

「違う。春樹は僕のだよ」

「違う!!違う!!違う!!」

女の子は頭を振って否定する。
認めたくない『事実』を拒絶する。

「貴方みたいなぽっと出の冴えない男なんかになんで春樹さんを盗られなきゃいけないの?!私の方がずっと、ずっと春樹さんを好きなのに!!」

ずっと、好きなのに。
女の子は泣いた。

「ねえ、春樹さん、お願い。そんなやつと別れて私と……」

「それは出来ない」

「え……」

キッパリ言い放つ春樹に、女の子は絶望して表情を失う。

「私は洵が好きなんだよ。どうしようもなく好き。だからキミの気持ちには応えられない。ごめん」

「そんな……なんで……?あ、わかった!!そいつに脅されてるんでしょ?!やばい写真とか撮られて反抗出来ないんでしょ?!」

「違うよ。洵はそんなことしない。これは私の意思。私は洵が好き」

「そんな……だって……だって……」

だって……と繰り返すうちに「はぁ……」と諦めたため息を吐く。
その表情を僕は知っている。
僕がリストカットをしていた頃にしていた表情に、似てる。

「「!!」」

そして、カバンからカッターナイフを取り出す。

カチカチカチカチ。
カッターナイフの刃が出ていく。

僕は咄嗟に春樹を自分の後ろに隠す。

「春樹さんがそいつと別れてくれないなら!!


…………死んでやる!!」

女の子は自分の左手にカッターナイフを。

ザシュッ……

「……っ」

血が流れる。
赤。久しぶりに見た色だ。
でも、女の子のものじゃない。

「洵!!」

「……ぇ、なん、で……?」

その血は僕の指から流れたものだった。
カッターナイフが女の子の手首を切る前に僕が掴んで止めた。

「洵、大丈夫か?!」

「……ってぇ……けど、大丈夫。……ねぇ」

「……っ、な、なに……」

僕が女の子をギッと睨むと彼女はビクッと肩を震わせ怯むがまた強気そうな顔で僕を睨む。

僕はカッターナイフを地面に振り落としてから、カバンからハンカチを取り出してギュッと血の出ている場所を春樹に手伝って貰いながら止血する。

「見たところ、キミ、リスカとかしたことないでしょ?」

「は、だ、だったら、なに」

「馬鹿な事だよね。リスカなんて」

「……でも、私は……私は春樹さんがあんたと別れないなら……」

「これ見ても、リスカしようと思う?」

僕は左手のリストバンドを外して、その下に隠れてた傷を女の子に見せつける。
女の子は驚いて目を見開いた。
そして、怯えたように震える。

「……僕、高校中退してるんだよ。いじめられててね。それでずっとリスカしてた。まあ、リスカしてた理由は他にもあるけど、今のキミと同じで、生きてたくなかった」

「…………」

「……洵」

心配そうに見つめる春樹。
でも僕は「大丈夫」と笑う。
そして、また彼女に向き直す。

「傷は残るんだよ。1番大きいのが自殺未遂したときのやつ」

「そんな、傷の、ある男、春樹さんには、不釣り合い、よ……」

女の子は必死で言葉を紡いだ。
僕は「こんな大きな痛い傷をつけても死なないんだよ」と脅す。
彼女は恐怖で、震えていた。

「……だよね。僕もそう思うよ。でも、僕は春樹が好き。僕は春樹の歌に救われた。……キミと同じようにね」

「…………」

どうして……。
女の子は小さく呟く。

すると、春樹が女の子の方に歩み寄った。
僕は引き留めようとするが春樹は「大丈夫だから」とそれを制止する。

「私を想ってくれてありがとうな」

「……春樹さん……」

「……私もさ、洵に救われたんだ」

「……え?」

困惑する女の子に微笑みかけながら春樹は続ける。

「私は、誰かと『一緒にいる』ってことを諦めてた。私には恋愛なんて似合わないって。興味あるのに、興味ないふりしてた。誰かに頼るのは罪だと思ってた」

「…………」

「でも、洵を一目見た時、どうしようもなくこいつが欲しくなって、そばに居たくて、たまらなくなった。洵はさ、優しくて逞しくて、誰をも救える奴なんだ。実際、私以外にもこいつに救われた奴はいる」

「……そんな、だって、でも……」

『事実』を女の子は拒絶したかった。
でも、女の子は悟ってしまった。

僕達の仲を壊せるものなんて、誰もいない。

「……警察に、連絡して下さい。私、いっぱい酷い事、した」

「……しないよ」

「え?」

「そうだよ。私は別に気にしてない。洵を傷つけられたのは腹立つけど、私を想っての事でしょ?気持ちは嬉しいよ」

こんな可愛い嬢ちゃんに好かれるとか、私も人生捨てたもんじゃねーな!!と、春樹は笑い、女の子の頭を撫でる。
女の子はびくり、と肩を震わせるが、春樹にされるがままになる。

「活動再開したらまたライブ来てよ」

「……っ……はい、またSNSの投稿楽しみにしてます」

「うん」

女の子は「ごめんなさい」と頭を下げて去っていく。
彼女がもう馬鹿なことはしない確信があった。
僕は春樹に手伝ってもらってリストバンドを再び身につけ、落としたカッターナイフを広い上げ、部屋に持ち帰る。
そして、ゴミ箱に捨てる。

「……いてて」

「ったく、無茶するよお前」

「……だって、リスカなんて誰にもして欲しくなかった」

ソファーに座り、手の傷の手当てをしてもらう。

「……お前はホント優しいな」

「そうかな?」

「うん、惚れなおした!」

「ふふ。嬉しい」

茉妃奈さんも、ストーカーもいなくなり、僕達に近づく狂気は完全にいなくなった。

僕たちは、平穏を、手に入れた。


ーつづくー