2話 噂と真実

2話 噂と真実


入学式が終わり、放課後。
春樹を待っていた秋斗はクラスのある男子生徒に絡まれる。

「俺、柏木(かしわぎ)涼太(りょうた)!!な!な!!秋斗って呼んでいい?!俺の事は涼太でいいから!!」
「お、おお……」

その明るく元気のいい(元気のよすぎる)涼太の勢いに圧倒され、秋斗は少し後ずさる。
しかし、自分に一体なんの用だろう?

「……俺に、なんか用?」
「んー、用……用なぁ。んー、特にない!」
「はぁ?!」
「あ!部活は何に入る??俺、軽音!!」

コロコロと変わる涼太の表情。
あまり表情の変化のない自分とは正反対で、勢いも含め苦手だと思った。
しかしせっかく声を掛けてもらったしとりあえず返事はしておく。
我ながら律儀だ。

「……オレは空手」
「おお!!ずっとやってんの?!」
「いや、中学から」
「へー!!なあ、一緒にバンドやらない?!」

こいつは人の話を聞かないのか。
断りたいけどぐいぐい距離を詰めてくるし、こいつ苦手だなと思っていた所に隣のクラスもHRが終わり春樹がやってくる。

「……秋斗、誰こいつ」
「オレもわからん。柏木ってやつ」
「涼太でいいって!……って!!ぎゃっ!!美少女!?何なに?!秋斗のカノジョ?!」

本当にこいつは馬鹿なのか。
瓜二つな2人をどう見たら恋人同士に見えるのだ。
明らかに血縁関係があるのがわかるのに。

「なんでだよ。顔一緒だろうが。姉貴だよ双子の」
「双子!!神秘!!」
「……何こいつ」
「……いや、わからん」

涼太のテンションに春樹と秋斗はドン引きする。
春樹など眉間に皺を寄せ怪訝な表情を見せるけど、涼太はそんな2人をお構い無しで話を進める。

「じゃあさ、じゃあさ!!秋斗の姉ちゃんも一緒にバンドやろうぜ!!」
「やらない」
「えー!!なーんーでー!!」

楽しそうに笑いながら駄々を捏ねる涼太とは裏腹に春樹はす……っと無表情になる。
感情を全て、押し殺して。

「……どうせ、すぐ私らとは関わらなくなるよアンタも。あの噂、すぐこのクラスにも広がるんじゃない?」
「噂??」

「噂って何??」と涼太が問う前に春樹は踵を返して立ち去っていこうとする。
秋斗はそんな姉をすぐに抱きしめて落ち着かせてやりたかった。
春樹の苦しみをわかるのは、和らげてやれるのは、きっと秋斗だけだ。
あの『噂』。真実に尾ひれが着いて、秋斗はともかく春樹は耐えられたものじゃない。
『真実』すら今でも受け入れたくないのに。

「……柏木、悪ぃな。オレ達とは関わらない方がいいよ」
「え、ちょっと!!」

秋斗は引き留めようとする涼太を無視して、息が詰まって窒息してしまいそうな春樹の後を追う。
どうせ、みんな自分たちとは関わらなくなっていく。
それでいい。自分たちはお互いがいれば、それでいい。

「春樹」
「……」
「……もう広まってんのか?」
「だいぶな」

秋斗は、はぁ……とため息を吐く。
一体どこから流れたんだろう。
たぶん、同じ中学の奴が面白半分で広めたんだろう。……それか、あの出来事が自分たちの事であるともう周りに気づかれてしまっていたのか。
今は、電子の時代だから、仕方ない。
でも、まさか入学式当日にもう広まってるとは思わなかった。

「まあ、しょーがねぇよ。気にすんな」
「……うん」

気にしたくない。
もう慣れたはず、だけど、やっぱり苦しい。
春樹は俯く。
秋斗はそんな姉を見て頭をガシガシと乱暴にかき、話を変えようと試みる。

「ところで、部活はなんにするよ」
「空手」
「見に行くか?」
「……ん」

2人は茉妃奈の助言で中学から空手を嗜んでいる。
いざというとき、自分を守れるように。
でも、意味が無い気がする。

春樹と秋斗は敷地内の隅にある武術室に向かう。
空手部と剣道部が日替わりで部活に励んでいるらしい。
今日は空手部だろうか?
近づいていくと男女それぞれの激しい雄叫びが聞こえてくる。
室内を2人で覗くと今日は空手部の日だったらしく、部員たちが部活に勤しんでいた。

「(……アイツ、空手部だったのか)」

必死に汗を流している内の1人にあの男が居た。
玖木雅だ。
秋斗はやはり彼から目が離せない。
そして、ふと、目が合う。
雅は一瞬驚いたような顔をするがふ、とまた微笑む。

「……っ!!」

秋斗は思わず目を逸らしてしまうが、雅が部長に彼らの存在を伝え、一時練習を中断し空手部は2人を迎える。

「そのネクタイは1年生だよね?」
「あ、はい。1年の楠木秋斗と楠木春樹です」
「俺は男子の方の部長の山橋(やまはし)湊(みなと)」
「私は女子の方の部長、相沢(あいざわ)五十鈴(いすず)。よろしくね」

それぞれの部長が親しげに挨拶してくれる。
しかし、他の部員からは「あの双子だ」「ああ、あの……」という声がヒソヒソ聞こえてくる。
もういい。どこに行っても同じだ。
春樹はキュッと秋斗の制服の裾を握った。

ふと、あの男に目をやる。
彼は泣きそうな顔をしていた。

「(……なんで)」

訳が、わからない。
哀れみか?
この男も自分たちの事を知っているのだろうか。

ああ、いやだ。
なんか、いやだ。

そして、2人は少し見学をして、空手部の休憩と共に武術室を後にした。

「……どこも一緒」
「……だな」

2人は憂鬱なまま茉妃奈が待つ家に帰る。
……今日は機嫌、いいだろうか。

「「ただいま」」
「おかえり、2人とも。ちょうどケーキ焼いたからおやつにしましょ?」

ちょうど時間は3時だった。
今日は叔母の機嫌がいい。
2人は顔を見合わせる。

「「ケーキ?!!やった!!」」
「ふふ。早く手洗って来なさい。切り分けておくから」
「「はーい!!」」

2人は憂鬱が吹っ飛んでいく。
機嫌がいい叔母は大好きだった。優しくて穏やかで、本当の母のようだった。
でも、血は争えないらしい。

2人は競って手を洗い、リビングへ向かうと紅茶のシフォンケーキを茉妃奈が切り分けていた。
丁寧にホイップクリームまで付けている。

「なんでケーキ?」
「2人の高校入学記念」
「「茉妃奈さん愛してる!!」」
「もう。さあ、食べましょう??」

3人は笑い合いながらケーキを頬張る。
茉妃奈の作るケーキはいつも絶品で2人はそれが大好きだ。
自分たちの居場所は、ここしかない。

……学校じゃない。


翌日。
春樹と秋斗は連れ立って学校へ。
しかし、昨日より2人を見る同級生、先輩の目が冷ややかで。
2人は「ああ、もう全体に広まってたか」と色々な事を諦めた。

春樹と別れて秋斗は教室に。
すると、涼太が話しかけてくる。

「おっすおっす!」
「……おう」

こいつは知らないんだろうか。
自分たちの過去を。
あの血なまぐさい事件を。

「……お前は知らねぇの?」
「ん?何が??あ、それよりさぁ!!」
「柏木!!」
「んん??」

涼太が何かを秋斗に話しかけようとした時、別のクラスメイトが涼太を呼び止める。
涼太は訳が分からないという顔をするが、そのクラスメイトは嫌悪感で満ちていた。
楠木姉弟に対する嫌悪感で、満ちていた。

「そいつに関わるの辞めた方がいいよ」
「え、なんで?」
「え、し、知らないの!!そいつと姉貴、親に虐待されてたんだって!!親は殺されたらしいけど、こいつらが殺ったんじゃって話だぜ!!」

嗚呼、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。

「えー、でもさー」
「なんか姉貴は親父と……」

ーガターンッ!!

秋斗は、キレた。
馬鹿馬鹿しい上に、腹立たしい。
秋斗は、自分の机を蹴り飛ばす。

「別にさー、俺らが虐待されてたとか俺らがあのクソ野郎共を殺った殺らないはべつにどーでもいいんだけどな?」

ードゴォッ

「ひっ!!」

秋斗は凶悪な顔でそのクラスメイトの後ろの黒板を思い切りぶん殴る。
クラスメイトは顔面蒼白。
黒板は少し凹んだ気がする。

「春樹を売女扱いすんじゃねぇよ!!アイツはそんな女じゃねぇんだよ!!アイツがそんなクソみたいな噂でどれだけ苦しんでると思ってんだよ!!ああ?!!」
「なんの騒ぎ??」
「……っ!」
「……あ……生徒会、長……」

怒りで沸騰していた身体に氷水をぶっかけられたかのような衝撃。冷静な、でも慌てたような、あの男の声。
そこには雅と、灰もいた。

クラスメイトは半泣きで生徒会長に縋る。

「あ、アイツが急に!!」

ああ、もうほんとに馬鹿馬鹿しい。


ーつづくー