2話 痴漢を撃退した先にあるもの

2話 痴漢を撃退した先にあるもの


朝、高校受験会場に向かう電車の中で翠蓮は「はぁ……」とため息を吐く。
その隣では真剣な表情でテキストを読んでいる絢太。

「どうしたんですか?ため息なんてお嬢らしくない」

絢太はテキストを読みながら絢太は翠蓮に問いかける。
そんな絢太をギロりと睨む翠蓮。

「……あんたがいるからよ絢太」

「え?!」

絢太はショックで持っていたテキストを落としかけて、「あっぶね」と言いながら持ち直す。
そんな隣の男をまた見て、翠蓮は「はぁ……」とため息。

「なんで俺がいちゃダメなんすか」

「あんたもう17でしょ。なんで私と一緒に入学試験受けんの」

「だって、俺は学無いし」

絢太は中学卒業すぐ受験せずに組の仕事(雑用)をするばかりだったのに、翠蓮が高校受験すると言うと、自分もと組長、つまりは翠蓮の父の蘭 石蕗(つわぶき)に直訴。それはあっさり認められ17歳で高校1年生になる手筈になっている。

まあ、受験で受かれば、の話だが。

「だったら中学卒業してすぐ受ければよかったでしょ」

「……お嬢とちょっとでも長く一緒に学生生活送りたいんですよ」

「……は?え?」

拗ねたように唇を尖らせる絢太。
少し顔が赤い。
翠蓮はその絢太の言動に少し戸惑う。

翠蓮はいつからか……『兄的存在』から『世話係』に関係性が変わる頃から絢太を好いていた。
そして、絢太もまた同じだった。

でも、翠蓮も絢太も想いを告げたりはしない。
告げてはいけないと、思っている。

翠蓮はいずれ父が連れてくる婚約者と結婚して家を継ぐ。
下っ端世話係の絢太と恋愛なんて、許されない。

「てか、万が一があるし護衛いた方がいいでしょう」

「……あんた私より空手弱いくせに」

「うっ……。で、でも1人より2人っすよ!」

「はいはい、そうね」

軽くあしらいながらも、絢太の言葉が嬉しくて舞い上がる翠蓮。
そんな彼女の左隣には絢太だが、右隣には顔色の悪い、小さな少女が立っていた。
見たところ同じくらいの、他校の制服を来た彼女を翠蓮はふと見た。
何か、気になる。

何かに、耐えている。

「……ぅ」

小さく声を漏らす少女。
つり革を持った右手を握りしめて、耐える。
翠蓮はその青い顔を見て、そして彼女の後ろに立っている男が鼻息が荒く高揚しているのに気づき、気づかれないように彼らの間を見る。

男は少女の尻に手をやり、痴漢を働いていた。

カッ……。翠蓮は頭に血が上る。
ヤクザに身を置いていれど組の者は翠蓮に優しく、『兄的』『叔父的』存在ばかりであるため、こういう愚かな色情魔が腹立たしく嫌悪の対象だ。

「……」

「……お嬢?」

ちょうど次で降りるくらいの時に急に動きを見せた翠蓮に絢太は小さく声をかけるが彼女は無視して隣の少女に痴漢している男の手を、無言でガシッと掴んで締め上げる。

「……っ、な、なんだ、お前!」

「……なんだじゃねーよ変態。今この嬢ちゃんに痴漢してただろ」

「は、は?な、なにを、言って、ふ、ふざけ」

ギッと男を睨みつける翠蓮。
男は「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。

「おじさーん。お嬢はあんたみたいな男嫌いだからフノーにされたくなかったら大人しく次で降りた方が、いいよ?」

「い、言いがかりだ!!俺は何もしていない!!」

すると近くにいた女子高生も「怖くて言えなかったけど私も見た」と言い出し、男は騒ぎながらも逃げられなくなる。

そして2人の下車駅。

「あんたも降りれる?」

「……は、はい、私も此処なので……」

ちょうど自分も下車するという少女を翠蓮は気遣いながら男を絢太に捕らえさせ、自分は少女の肩を抱き駅長室へ。
そして交番から警官が来て話をし、痴漢男を引き渡してから少女と別れ……ようとしたのだが。

「…………」

「…………」

「……あれ?もしかして愛宕(おたぎ)高校の入学試験いく?」

同じ方向に歩き出す少女に疑問を持った絢太が問いかけると、少女はコクリと小さく頷いた。

「まじかー!!奇遇だね!俺は貞島絢太。こっちのお嬢は蘭翠蓮さん」

「あ、私は曽良(そら)華南(かなん)と言います。ホントに助けてくれてありがとうございました」

ぺこりとお辞儀する少女に「別にいいよ」と小さく言うだけでスタスタ歩いていってしまう翠蓮に絢太は「あちゃー……」と頭を抱える。

翠蓮は組の人間には心を開いているのだが2年前の出来事がきっかけで外部の人間には心を閉ざしている。

それに『ヤクザ』という理由で迫害も受けてきたので必要以上に関わりたくない。

駅から8分の所にある愛宕高校には直ぐについた。

「あの、試験がんばりましょうね!」

「…………」

「がんばろうねー!って、お嬢!!」

華南の声には耳を貸さず愛宕高校の敷地内に入っていく翠蓮。
絢太は華南に「ごめんね!じゃあ、がんばろうね!」と声をかけて翠蓮の後を追う。

「お嬢」

「……優しくしてもあの子が傷つくだけよ」

「……お嬢」

絢太は寂しく呟く翠蓮のそばに居てやるだけしか出来ないのがつらい。
でも、せめて1人で耐えられない苦しみを、『ヤクザ』として独り学園生活を生きる苦しみを彼女だけに背負わせないように、ちゃんと勉強した成果を出そうと気合いをいれた。


ーつづくー

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