僕のヒーローは、ちょっとお馬鹿さん

僕のヒーローは、ちょっとお馬鹿さん


春兄さんは冬兄さんや洵姉さんと違って、破天荒でやんちゃで、お調子者で、まあ、馬鹿だった。

でも、僕はその春兄さんに救われている。

何度も、何度も。


最初その春兄さんの言動に救われたのは、僕が3歳、春兄さんが4歳の頃だった。

僕ら家族がお盆休みに向かったのは父さんの従兄弟の雅さんと、母さんの弟の秋斗さん、そして、彼らと一緒に暮らしている兄弟の萩さんと藤さんが暮らす広い広い高級マンションだった。

兄さん達がその広さにはしゃいでる中、僕は部屋に『いた』あるものに目を奪われる。

「…………」

「??わんっ!!」

「!!」

雅さん達が飼っていたシーズー犬のナナちゃん。
左右対称のその模様に、愛らしいくりくりした大きな瞳に、わふわふと僕の周りを回るその姿に、釘漬けになる。

最初、吠えられた時はびっくりしたけど、それからは恐怖よりも愛らしさが勝って、ずっとナナちゃんの傍を僕は離れなかった。

「じゅんた、ナナちゃん好き??」

「……うん、かわいい」

「だよなー!!」

僕と一緒にナナちゃんに遊ばれてから、春兄さんは父さん達に向かって走っていく。
そして、父さんに抱き着く。

「ん??春風どうしたの??」

「おれもわんこ飼いたい」

「だめ」

「やだー!!飼うのー!!」

即答で拒否されてしまった春兄さんは部屋の床に寝転んでじたばた動き「やだやだやだやだやだやだ!!」と抗議する。

でも、父さんは「ほら、雅さん達が笑ってるから」と春兄さんを立たせようとするが、ぐにゃりとチカラを抜いた春兄さんは立ち上がらない。
そして、まだ「やだやだやだやだやだやだ」と言っている。

「春風」

「やだ」

「いいじゃん。飼ってやれよ」

厳しい父の顔をする父さんに、秋斗さんが堪らず助け舟してくれるけど、まだ父さんは渋い顔をする。

「何?何の話?」

「春風が犬飼いたいって」

「あー、とうとう言い出したか」

冬兄さんと、洵姉さんを連れてトイレに行っていた母さんが戻ってくる。
母さんもその提案にあまりいい反応はしない。

「えー、犬、俺も飼いたい」

「私も」

母さんの手を引いて、冬兄さんと洵姉さんが自分もと意思表示する。
父さんと母さんはまだ迷っているようだった。

僕は、父さんの服を引っ張る。

「……ぼくも、犬、かいたい」

父さんはそんな僕を見て、「はぁ……」とため息を吐く。

「あー、もう!!賛成多数で飼うに決定でいい?」

「「「「いいの?!」」」」

「その代わりに、犬だって『命』なんだから中途半端はしないでね?」

「「「「はーい!!」」」」

その後、東京に帰ってからペットショップを見に行って、あーだこーだ意見が分かれはしたけれど、結局、ナナちゃんと同じシーズーを我が家に迎えた。

シーズーを飼いたい僕の意志を上手にプレゼンしてくれたのも春兄さんで。

春兄さんはそのシーズー犬、立夏を大層愛した。

僕も負けじと立夏の世話をした。

それが、春兄さんが感情を伝えるのが苦手な僕を導いてくれた最初の出来事だと最近になって思う。



次は、僕が小6、春兄さんが中1になる年の3月だった。

「じゅーんた」

「わ、びっくりした」

部屋で机に向かってウォークマンで音楽を聴いていたら春兄さんが後ろから声をかけてきたので、結構驚いた。

いや、リアクション薄いけど、驚いた。

「え、反応うっす!マジでびっくりした??」

「……したよ。何?どうしたの?」

「うん?いや、最近お前がよく部屋でいるからどしたのかなーって」

そう言えば最近、部屋でずっと音楽聴いてるな。
歌う事が好きで家族とカラオケに行ったらノリノリで歌い出す僕を見て、父さんが貸してくれた、父さんの『宝物』。
僕はそんなウォークマンを春兄さんに差し出す。

「これ、父さんが貸してくれて、聴いてた」

「うーん?あ!!«sins»って母ちゃん達がやってたバンドだよな!?」

「そう。«sins»の全曲入ってるんだって」

春兄さんは「オレも聴いていい?!」と聞いてきたから、僕は快諾して、2人でイヤホンを半分こする。

「……ライブ、見たかったなぁ」

「母ちゃん達もうバンドやんないらしいね」

「うん……」

僕も、生で母さん達のバンドのライブを見てみたかった。
そう落ち込む僕を見てから、春兄さんはよし!!と声を上げて立ち上がる。
そして、何処かに消えてしまった。

「??」

何処に行ったんだろうと春兄さんを探していると、父さんの書斎から声が聞こえてくる。

「……えー、あるけど」

「見たい!!」

「うーん、ママが許可してくれるかなぁ……」

「聞いてくる!!」

父さんが止めようとしたのを無視して、兄さんはリビングに向かって走り出す。
僕が書斎から出てきた父さんに聞くと、春兄さんは母さん達のライブ映像見たいんだけど無いのか?という事を聞いてきたらしい。

もしかして。
僕がライブを見たがったから??

そして、母さんからも許可が出たので、家族全員でライブ映像を観ることに。

「……あ、やべぇ、これはすごい恥ずかしい」

「まあまあ、ママ、子供達は釘付けだから」

「うわー……、あー、もう、見るな……」

父さんに抱き着いて寄りかかって、テレビを見まいとする母さんと、その母さんを優しくあやしている父さんのイチャイチャなんて気にしていられなかった。

ただ、圧巻だった。
家族でカラオケに行ったりするけど、ライブなんてその比じゃない。

ドッドッドッと心臓が高鳴って、気分が高揚する。

自分も、こうなりたい。

自分も、ライブがしたい。

でも、僕なんかじゃ……。

そんな葛藤をしていた僕を救ったのは、やはり春兄さんだった。

その数日後。
突如、僕達、玖木4兄弟のグループLINEに春兄さんからLINEが入る。

『今日、夕飯後、オレの部屋集合!!』

一体なんだろう?と思いつつ、僕達は春兄さんの部屋に集まる。

「春風、呼び出しってなに?」

「俺達、課題が山盛りなんだけど……」

中学生は大変だなぁ。
でも、春兄さんも中学生なのに、課題は大丈夫なんだろうか?

そんな事を呑気に考えていた時だった。

「バンド組もう!!」

「「はぁ?!」」

「え、ば、バンド??」

「うん!バンド!!」

ふんっ!!と意気込む春兄さん。
でも、冬兄さんも洵姉さんもそんなに乗り気じゃなくて。

「俺はパス」

「私もやめとく」

「えー!!なんで!?」

部屋を出ていこうとする冬兄さんと洵姉さんを必死で引き留めようとする春兄さん。
冬兄さんと洵姉さんはため息を吐いて、春兄さんに向き直る。

「俺達は来年受験なんだよ」

「遊んでらんないの」

「え?!じゃあ、来年受験終わったらバンド組んでいい??」

「「そういうことじゃねぇ」」

諦めない春兄さん。
冬兄さんと洵姉さんは僕に向かって春兄さんを黙らせるように要請するけど、僕はそれを無視して言葉を紡ぐ。

「僕も!!バンドやりたい!!」

冬兄さんも洵姉さんもめちゃくちゃ驚いていた。
でも、春兄さんだけが当然だという顔をする。

知られてた。
気づかれてた。

春兄さんには、敵わない

それから、母さんや«sins»の元メンバーのみんなにアドバイスしてもらいながら、ドラムは春兄さん、ギターは洵姉さん、ベースは冬兄さん、そして、ボーカルは僕でバンドを組んだ。

バンド名は、«イノセント»。
無実という意味がある。

母さん達の過去が罪なら、僕達はその苦しみを消そう。

その意味を込めた。


初ライブの日。
控え室で。

「春兄さん」

「うん??」

「春兄さんは僕のヒーローだよ」

僕のヒーローはニカッと人の良い笑みを浮かべて、僕の頭をワシワシ撫でた。


ーENDー