平和に行きましょう。

6月、«PAiN»のライブ(冬樹視点)


6月、«PAiN»のライブ(冬樹視点)


「これ、«PAiN»のライブあるからみんなで来いって」

高校に行く途中。
俺と洵菜が学校に向かって歩いていると、同い年で幼なじみのかずなが合流する。

俺達は3人同じ高校に通っていた。

カバンから取り出し、差し出してきたのは、6人分のライブチケット。
«PAiN»とはかずなのお姉さんの、なずな姉と、かずな達の従兄弟で俺達の幼なじみの、雷(らい)兄、鈴(れい)姉の兄妹がやってるスリーピースバンドで、«sins»や«ジェミニ・シンドローム»というバンドをリスペクトしていて、そのメンバーの血を引いている彼らは学生のアマチュアバンドの中でも一目置かれていた。

ちなみに、俺達の母さんは«sins»のボーカルだった。
«sins»はベースの泪(るい)さんが雷兄を妊娠して、ボーカルの母さんも結婚と妊娠をしたから、その頃に実質引退した。

さらに、雷兄と鈴姉は今や日本で知らないものはいないくらいの人気カリスマバンド、«ジェミニ・シンドローム»のギタリスト、拓也さんの息子でもある。

だから、俺達もそんな母さん達に憧れて、バンドをやっている。
でも、俺と洵菜はただの思い出作りだけど、«PAiN»は違う。

「チケ代は?」

「洵さんに請求するってなずな姉が」

「りょーかい」

タダって訳じゃないんだよなー。
ちゃっかりしてる。

「楽しみだなー!!なずなちゃんも雷くんも鈴ちゃんもかっこいいから好き!」

「だよな。まだ18?19?とかじゃん?あの色気やばくない??」

「あの人達の色気は認める。しかし、アタシは姉さんを認めたわけじゃない」

かずなはなずな姉を敵視っていうか、ライバル視、してる。
それがなんでかは分からないけど、小さい頃からいつも喧嘩ばかりしていた。

なずな姉はそれを面白がって買っている感じ。


結局、父さんと母さんは仕事、春風と洵太は塾で行けなくて、俺は洵菜と2人でライブに行くことに。

行けなかった人数分のチケットは父さんが仕事場の同僚や先輩に譲ったらしい。

当日、土曜日。
今日は«PAiN»のワンマンライブだった。
それだけ、なずな姉達のバンドは愛されている。

ライブハウスの開場待ち。
ライブハウス前には人が溢れている。

「ねぇ、かずなから聞いたんだけど、«PAiN»、プロにスカウトされてるんだって」

「え、それ今言っていい話?」

「でもTwitterでも話題になってるよ」

ほら、と洵菜は自分のiPhoneを見せる。

Twitterの«PAiN»のページに昨日更新があって、『«PAiN»からのお知らせ』として、プロ打診が来ていることを明かしていた。
よく見ると、このライブを最後にプロになるらしい。

多くのRTといいねがついていた。

「やべぇな。そんな人達の幼なじみなのか」

そんな話をしていると、開場時間前なのにライブハウスの扉が開かれる。
どうやら、人が集まりすぎたらしい。

俺達はその人の波に沿って会場に入り、チケットを職員に渡す。
ドリンクは2人ともジンジャーエールを頼んだ。
まあ、ライブ前には飲めるだろ。まだ時間早いし。

同じ動作同じタイミングで、ジンジャーエールを飲む。

ふと、会場に目をやる。

「(……あれ?)」

一瞬、雅さんを見た気がした。
でも、よく見れば、あれは違う。
若いし、顎髭があった。

慶人さんだ。

「冬樹?」

「ん?いや、なんでもないよ」

会いたいけど、会いたくない。

会いたくないけど、会いたい。

なあ、なんでアンタはあんなつらそうな顔してたんだよ。

一体、何に、耐えてるの?

結局、俺は慶人さんに声をかけず、ライブは始まる。

バッと暗くなるライブハウス内。
上がる歓声。
舞台袖から聞こえてきた、雄叫び。

高鳴る鼓動。

そして、なずな姉達は舞台上へ。

「なずな姉ー!!」

「雷くーん!!鈴ちゃーん!!」

周りも名前を叫んでいたので、俺達も叫んでみる。
ボーカルの鈴姉が俺達に気づいて、ウインクを1つ飛ばす。

すると、俺達の周りから悲鳴が上がった。

MCは1曲目の後か?

カンカンカンとなずな姉がスティックでカウントする。

始まる前奏。

甘い、恋歌。

メロディは爽やかで、鈴姉の高く甘い声が心に響く。

恋って全部がこんな風に幸せならいいのに。

«PAiN»は名前からすれば苦しい曲ばかり歌っているのかと思うけど、そうじゃなくて、もちろん苦悩や反逆は歌うけど、どちらかと言えば甘い恋歌が多い。

曲も詞も基本的に自分達で作ってて、たまに行き詰まると作詞を父さんに依頼してくる。

1曲目が終わり、MC。

「こんばんはー!«PAiN»でーす!!ワンマンライブ、来てくれてありがとうございます!!今聴いてもらったのは『君がため』!!どうでしたかー?!」

鈴姉が耳をこちらに向ける。
俺も洵菜もありったけの声で、「「さいこー!!」」と答えた。

周りも同じ反応。

鈴姉は満足げに笑う。

「ところで、私達はこのライブを最後にプロになります!!」

大きな歓声が上がる。

「おめでとう」「頑張って」「これからも好きだよ」

鈴姉はちょっと泣きそうになりながら、次の曲をコールした。


「はー、さいこー!だったね!」

「やっぱりプロになる奴らは違うわ」

「だね」

俺は、ライブが終わってから、洵菜と話をしつつキョロキョロする。

『あの人』とまた話がしたかった。
あの人の発言は許せないけど、平手打ちを謝りたかったし、何故かあの人がめちゃくちゃ気になっていた。

ちゃんと話をしたかった。

「冬樹、さっきから何?」

「いや……」

でも、慶人さんは見当たらない。
諦めて、帰ろうとライブハウスを出たところだった。

「おい」

「んえ?あ!!慶人さん!!」

「……よお」

慶人さんはバツの悪そうな顔をして、紫煙をくゆらせていた。


ーつづくー

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