平和に行きましょう。

5月、最悪な再会(慶人視点)


5月、最悪な再会(慶人視点)


あの出会いからしばらくして。
俺はただ怠惰に日常を繰り返し、ある5月の休みにその日常を壊そうとする。

俺も、ずっと音楽がやってみたかった。
兄さんや、あの«sins»というバンドのメンバーがやっているような音楽がやりたかった。

学生時代は親に禁止されていたそれは、社会人になってから解放されて。

有名大学を出て、有名企業に就職して、一人暮らしと好きな事をする権利を得て、俺は晴れて自由の身になったのだ。

ホントは4月くらいに行きたかったけどまともな休みがなかった。

あそこはブラックか。

まあ、いい。
好きな事をしよう。

楽譜が読めないから教室に、通うか。

楽器屋を物色する。
どの楽器にしよう。
部屋が狭いからドラムやキーボードは無しだな。
ギターかベースか……。

そんな思考でいたときだった。

「あーーーーっ!!!」

「?!」

店の入口辺りから叫び声が聞こえてきて、そちらを見てみると、この間俺を兄さんと間違えて声をかけてきたガキがいた。

背中にはギターケースを背負っている。
こいつも、音楽をやっているのか。

「慶人さん!!」

ガキは俺の元へ駆けてくる。
というか。

「……なんで俺の名前知ってる」

「父さんに聞いた。うちの父さん、アンタの従兄弟だから」

まさか。
あの人が、洵さんが、子供を??

「あんな不幸の塊みたいだった人がね」

「……覚えてんの?父さんがアンタの家出た時、アンタまだ3歳くらいだったって聞いたけど」

洵さんの母方の叔父がうちの父親で、両親がいないあの人をうちで預かってた。
でも父はあの人を切り捨てた。
その頃、俺は3歳で、何もわからなかったけど、でかくなってから何となく理解した。

あの人は大人から、世間から、嫌われてた。

あの人は、常にこの世の終わりみたいな顔をしてた。

「微かに覚えてる」

「でも、母さんに出会って変わったって言ってた」

「よっぽどいい女なんだろうな」

そこで、俺はある事に気づく。
このガキの顔が、兄さんをゲイにした男のそれにそっくりだったのだ。

「……お前の母さんに兄弟いるか?」

「え?双子の弟いるけど」

「秋斗って名前か??」

「秋斗さんの事も知ってんの?」

ああ、そうか。
あの男の姉か。

「……どうせろくでもない女なんだろ」

「は?」

「男なら誰でもよかったんじゃね?うちの兄さんをゲイにした男の姉だし」

違う。
そういうことを言いたいんじゃない。
俺は、俺はホントは……。

ーパァンッ

「……っ?!」

俺はガキに平手打ちされていた。
そう分かるのに時間はかかったけど、仕方ない事だ。

わかってる。

今のは、俺が悪い。

「ふざけんな。母さんや秋斗さん事何もしらないくせに……!アンタはあんなに最高に優しい雅さんの弟じゃねーわ!!」

ガキは泣きそうな顔をしながら、俺の元を離れる。
そして、店を出ていこうとして何かを思い出し、また店の中の物を乱暴に手に取り買って出ていった。

あーあ、痛てぇ。

心が、痛い。

俺はホントは、«sins»が大好きなんだ。

あの人たちが背負ってる苦悩が詰まった曲が大好きで、次第に幸福に満ちていったのが、たまらなく好きで。

もしかして、«sins»が洵さんと知り合ったからなのか?

洵さんと春樹ってボーカルが出会って『幸せ』なバンドになったのか??

でも、俺は、秋斗ってやつが憎い。
俺から兄さんを奪ったあの人が憎い。

俺だって、俺だって、ホントは……。

俺は、羨ましかったのかもしれない。

いつも兄ばっかで、自分を見てくれない。誰も俺なんていらないのに、それなのにあの人は幸せな家庭を作ってて……。

謝らなきゃ……。

俺はあの子に謝らなきゃ、いけない。


ーつづくー

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