邂逅2
千葉の山奥にある校舎。廃校となったそこに、地元の物好きな若者が肝試しとして度々近寄るのだという。
思い出が集まる学校、更に肝試しとして使われているという恐怖を固めた存在。そんなところに呪霊が湧かないはずがない。
「……確かに雰囲気あるね」
木製の壁が一部腐り落ち、傾いている屋根も崩壊直前と言ったところだろうか。最早建物とは言い難い風貌をしている。
今回の任務は、魔除けとして置かれていた呪物の回収とそれに寄ってきた呪霊を祓うことが目的だ。更に言えば、行方不明者数人の救出もしくは回収も内容に含まれている。
すぐ横で、昔からよくお世話になっている女性補助監督の古谷さんが立ち止まった音がした。
「では、帳を下ろします」
「はい、よろしくお願いします」
「……お気をつけて」
形だけであろうその言葉を聞いた後、彼女は二本指を立てて目を閉じた。
――闇より出てで闇より黒く、その穢れを禊払え。
古谷さんがそう唱えれば、帳≠ェ降りていく。溶けるように夜になっていく様子は、嫌いでは無い。
帳によって炙り出された呪霊が、こちらを見ているのがわかる。弱い者ほど群れるとはよく言ったものだ。
「ァ、コロ、コロ」
「何? 言いたいことはハッキリどうぞ」
「コ、コロ、ゴォロズゥヴゥ」
なんたって、貴方達は今から私に祓われるのだから。
漸く任務が終わったかと思った時には、帳を解いたのか分からないほど夜になってしまっていた。想定以上に呪霊が多く、とにかく時間が必要だったのだ。
今から帰るのもアレだからと古谷さん相談してホテルに泊まり、次の日の朝一に帰ることにした。
まさか初日から外泊になるとは、と思いながら千葉の辺境の地まで送ってくれた古谷さんにお礼を告げる。
とりあえずこのままシャワーを浴びて、出ることの出来るタイミングの授業の準備をしなければ。そう思いながら女子寮へ踏み入れれば、起きてきたであろう硝子とすれ違った。
「
「うん、今帰ってきたところ」
「おつかれー」
「硝子は今からどこか行くの?」
「今日は医務室待機だからさ」
家入硝子は、反転術式をアウトプットできるのだと夜蛾先生から教わったことを思い出した。
貴重な人材だから、任務で怪我人が出る可能性がある場合、彼女は授業よりもそちらを優先しなければならない。
「そうなんだ。じゃあ今日は硝子は教室に居ないんだね」
口に出して改めて、少し残念だと思った。
顔に出ていたのか硝子が苦笑しながら
「昼休み、もし誰も来てなかったらおいで」
と言う。歓迎する≠サの言葉がとても嬉しかった。思わず舞い上がって、感謝を述べる声が大きくなってしまう。少なくとも嫌われてはいないのだ。
そのあと、ほんの少しの羞恥心を抱えながら、硝子と別れて自分の部屋へと戻った。
「……うーん、沁みるなぁ」
スリ、と呪霊に付けられた右横腹の傷を撫でる。
ほんの一筋。されど一筋。お湯を浴びるていればじくじくと痛みが主張する。
昨日はあまりしっかりと洗えなかった髪を洗い、体に付いた汚れをザッと落として早々に風呂を上がる。あまり長居しても傷が痛むだけだ。
体についた水滴を拭って、濡れた髪は摩擦に弱いから優しく拭き取る。
簡単に保湿をしてから、制服に手を伸ばした。首元のボタンと、スナップボタンで胸前を留め、黒いタイツを履いた上からスカートを履く。
肩にかけていたタオルを放って、しまってあったドライヤーに手を伸ばす。
朝ごはんは取らないことにした。食べる気になれない。未だ寮母さんにも伝えていないから自分で用意する事となる。作るにしても材料がない。
「……行こう」
2日目にして少し重たい足取り。環境が一気に変化した事に加えて、昨日は外泊だったせいで熟睡した気がしない。
くあ、と開いてしまう口を手で隠しながら隠しながら、寮を出る。如何にも宗教系と言うような道を歩いていれば、見覚えのある顔が2つ。
「おはよう、來縁。昨日はお疲れさま」
夏油くんがゆっくりと歩み寄って来て、話しかけられた。五条くんは相変わらずのようで、欠伸をしながら夏油くんの隣――私の反対側――を歩いている。
「ありがと。おはよう、夏油くん。五条くんもおはよう」
「はよ」
「今日の夜、空いているかい?」
「今日? 空いてるけど……」
何かあるのだろうかと首を傾げれば、直ぐに
「桃鉄やろーぜ。五十年な」
と、五条くんから返ってきた。ももてつ≠ニやらが何かはよく知らないが、五十年という言葉を聞いて、夏油くんが本当にやるのか、と顔を顰めていたのを見る限り、やばいものなのでは無いのだろうか。
「ももてつ≠チてなぁに?」
「桃鉄しらねぇの? ちょっと高度な双六だ。す、ご、ろ、く」
グイッとサングラスを掛けた顔を近付けて、分かったか、と問うてくる。
「双六を……五十年?」
「そう。時間は?」
「……ある」
「んじゃ、今日の夜、俺の部屋しゅーごーで」
ニヤリと笑った五条に何かあるんだなと察したが、特に断る理由もなかった。
「嫌だったら断ってもいいんだよ」
夏油くんは想像がついているのか、そう耳打ちしてきた。ここまで言うということは、五十年ってもしかして相当長期戦になるのでは。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「……言っておくけど、今日の夜からしたとしても明日一日潰れる気でいないと五十年は無理だよ」
「えっ」
翌日、短針が殆ど真下を示している頃、長い長い五十年の桃鉄は漸く終幕を迎えた。
「お、終わった……」
家でまともにテレビゲームをやった記憶は無いが、他のゲームだとしても基本終わるのが惜しい≠ニ思うものだろう。だが、今回だけは終わって良かった≠ニ思えるほど過酷なものとなった。
「ザッと二十時間か」
五条くんは、よくやったわー、とゲーム機を片手に寝転がる。
夏油くんも徹夜でゲームとなるとそこそこ堪えたらしく、バタリと倒れ込んでやっと終わった≠ニいう余韻に浸っていた。
「九十九年は丸二日は空けねぇと無理そうだな」
五条くんの呟きに思わず目を見開いた。これ以上やって何になるというのだ。
「あー、俺らもう寝るけどお前どうする?」
「流石に寝るけど……」
「私はこのまま悟の部屋で寝るよ」
「えっ」
「お前は帰れよ」
「えっ」
当たり前だろ、と言う五条くんに、やはり私は嫌われていたのではという考えがよぎる。いや、嫌われていたら誘われてすらいないか。
「普通に考えてマズイだろ」
その言葉にうんうん、と首を縦に振って肯定を示す夏油くん。
「來縁は女性で私たちは男だからね」
分かったら部屋に帰れ、と五条くんに急かされる。その態度に、反抗心が湧き出てしまった。
「……私もここで寝る」
「お前耳ついてんのか」
普通に考えて、の普通≠ェ私には分からない。
私の周りにいたのは私のことを來縁様≠ニ呼ぶ世話係と、厳しい父だけだ。世間知らずの箱入り娘だということは、私が一番自覚している。
「普通って、よく分からないし……」
自信がなくなって、モゴモゴと声が小さくなってしまう。
その時、コンコンというよりかはドンドンという殴りつけるような音が聞こえた。
「悟!來縁は居るか!」
夜蛾先生の焦りが混ざった声が聞こえる。緊急の任務か、と立ち上がって勝手に扉を開けた。
「夜蛾先生」
「先生、どーしたの」
五条くんが気怠げに私の後ろから扉の先を覗く。
「來縁に緊急任務だ。詳細は補助監督から車の中で聞いてくれ」
「分かりました」
「いや、分かりましたじゃねぇよ。寝てねぇだろお前」
「大丈夫。慣れてるから」
「慣れてるってお前……」
言葉の最後が小さくなる五条くんを横目に首元のボタンをつけ直して、靴を履いた。
「行ってくる」
「……気を付けろよ」
少し、真剣な顔。五条くんのこの顔は初めて見たのかもかもしれない。まあ、出会って3日目なのだが。
「気を付けて行ってらっしゃい」
寝転んでいたはずの夏油くんがいつの間にか座っていて、手を振ってくれた。
それに小さく手を振って、私は早歩きで夜蛾先生について行った。