「あれっ!?昴さん…!?」
「やあ、コナンくん…こんにちは。そんなに急いで、何処へ?」
「丁度いいや、昴さん、一緒に来て!」

コナンは博士の家でゲームをしようと話になっていたが、小五郎の元へかかってきた緊急要請の電話で、博士にいけなくなった、と電話を入れて自分も事件に向かっていた途中だった。小五郎と一緒にタクシーに乗り込むつもりが、自分が博士に連絡を入れている間に先に向かってしまい、乗り遅れたのだ。ターボエンジン付きスケボーで急いで現場へと向かっている途中で、昴に出会ったコナンは、これ幸いと昴も一緒に来てもらうことにした。

コナンの言葉に、にっと微笑んだ昴が、すぐに頷いて「車をすぐそこに止めている、乗ってくれ」と踵を返すと、コナンも「助かるよ!」と後に続いた。

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コナンと昴が現場に向かうと、規制線を越えた先に、高木刑事や小五郎の姿、目暮警部の姿が見えた中に、昴の見知らぬ少年の姿が立っていた。高木刑事の隣で、書類と現場に残された物を見ながら、何かを話していた。後ろ姿なので顔は見えない。昴がコナンに「あそこにいる…彼は?」と問おうとする前に、嬉々とした表情を浮かべたコナンが「名前!」と声を掛けると、―― ふ、と名前を呼ばれた少年がこちらを向いた。
まだ、少し幼さ残るその少年、名前は、コナンの姿を目に留めると一瞬目を丸くすると、すぐに優しげに目を細めて、高木刑事に手に持っていた書類を渡すと、こちらに向かってくるのが見えた。近付いてくると、更にしっかりとその姿を目に捉えることが出来た。
凡庸な顔立ちだがあどけなさ際立つ名前は、美しい黒い瞳をすっと緩ませると、「…コナン、遅かったな。待ってたぞ」と静かに微笑んだ。柔らかさを感じる名前の声が、昴の耳を優しく揺らす。濡れたように艶やかな黒髪が、さらりと軽やかに名前の頬を流れて、少しの翳りを作った。

「わりー名前!小五郎のおじさんが乗ったタクシー乗り遅れて、急いでたら、途中で昴さんに会ったから一緒に連れてってもらったんだ!―― 現場は?」
「……すばる?―― ああ、あなたが、そうなのか…はじめまして」

コナンの言葉に、不思議そうに首を傾げた名前が、そこで初めて昴の姿を視界に留めた。綺麗な瞳が、昴を見つめると小さく頭を下げて「コナンから、話を聞いてます。名字名前と言います」と微笑んだので、昴も自己紹介をして「あなたは……コナンくんのお友達ですか?」と問うと、んーーと思案気な声を出すと「まあ、そんな感じですか…?」と何故か問いのように返されたので、昴は少しおかしくて短く笑った。コナンは痺れを切らしたように「名前…!早く行こうぜ!証拠とかも見せてくれ!」と急かすので、名前は昴から目を離すと、コナンの手を取って「うん、行こう」と規制線の先へ促した。「昴さん!行こうぜ!」とのコナンの声に、昴も頷くと歩き出した。

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コナンが来て、三人で事件の書類や現場にあるメッセージや警部たちが見落としている証拠なども探し眠りの小五郎で事件を速やかに解決すると、名前の元へ高木刑事が駆け寄って来た。「名前くん…!お疲れ様!助かったよ!どうもありがとう」と微笑む高木刑事に、名前が忍び笑いをすると、「ワンコ刑事も、お疲れさまです」と軽く頭を下げた。「名前くーん…その呼び方やめてくれよぉ…」と眉を下げて困ったような高木刑事が情けない声でそう言うのを、名前は砕けた表情をすると徐に高木刑事のネクタイをぐっと下に引っ張ると、顔を近付けて「だーめです」と悪戯っ子の表情をしてぱっと手を離した。

「名前くん…!もー…!」
「ははっ……ワンコ刑事、もっと男を磨くといいよ。佐藤刑事のためにもね」

楽しげに目を細めて、そう告げると、彼の周りをあたたかな風が吹き、絹のような黒髪をふわりと攫っていく。コナンが「ったく…高木刑事をあんまりからかうなよ」と呆れたような表情をした。「あ、そうだ…昴さん、名前のこと送ってってくれない?」と告げられたので昴は「ええ…いいですが…彼が、それでいいのなら」としょげた高木刑事を見送っている名前を見つめながら答えるとコナンが「いいよ、名前はいつも現場に来るときは徒歩が多いから。今日の様子だと、徒歩だよ」と軽やかに笑うと、小五郎の元へ駆けて行きながら「じゃあ、名前のこと頼んだよ昴さん!もし家に帰りたくないっていったら、新一兄ちゃんの家に一緒に連れて帰ってあげてよ!」と手を振ったので、手を振り返していた昴の手が、止まる。そしてその止まった手を自分の意志とは関係なく誰かが動かした。横を見なくてもわかる。名前だった。

「……じゃあ、冲矢さん。新一の家までお願いします」
「は………いえ、あのですね…彼の家に、今私も住まわせていただいてまして…それでも、大丈夫なのかい?」
「構わないです。新一の部屋に寝れれば。行きましょう、冲矢さん」

勝手に動かしていた腕を、名前が優しく引っ張った。それに合わせて名前の黒髪が楽しげに跳ねる。昴はそれがなんだか眩しくて、気が抜けて、名前のしたいようにさせるために従った。車の助手席に滑り乗った名前がシートベルトをしたのを確認すると、昴は帰るべくエンジンをかけて工藤家へと向かった。
―― 工藤家に着くと、名前はすぐにリビングに入って昴がソファにかけていたエプロンを着ると、襟足の伸びた髪を無造作に掻き集めて結ぶと、キッチンに入った。昴もそれに続いてキッチンに入ると、キャベツやマヨネーズ、ハムや卵など食材を次々と冷蔵庫から取り出す名前に「何を作るんです?」と首を傾げると「安室さんのサンドイッチ」と答えたので、「安室…」と公安の彼を思い出し呟いて名前を見た。

「知らないですか?ポアロでバイトしてる、安室さん…その安室さんの作るサンドイッチ、美味しいんですよ。作り方教えてもらったので、それを作ります。…冲矢さんも、食べる?」

得意げにそう告げた名前が、どうする?というような瞳を向けてきたのが、なんだか可愛く見えて昴は「ご相反にあずかります」と小さく笑みを浮かべるとキッチンを出た。新聞でも見ようかと広げてしばらく読んでいるとポンポン肩を叩かれたので振り向くと、目に入ったのは名前で、指にサンドイッチの具が一口分程度ついた。それを昴の口に近付けると「味見」と告げた。
昴は少し冷静さを失いかけたが、すぐに取り戻して目の前のマイペース極まりない名前に「指まで舐めてしまうことになりますが…?」と確認を取る様に問うと、それが何か問題でもあるのかというように首を傾げて「味見を指で持ってきたから、当り前ですけど…?」と心底不思議そうに昴を見つめてくるので、昴は内心で名前の無防備さを案じつつ目の前の指先を舐めた。口内に広がる滑らかで口当たり良い味に「美味しいですよ」と微笑むと名前はそこで初めて昴に対して嬉しそうに微笑んだ。
あまりに不意打ちだったので、昴は目を丸くしてしまう。

「じゃあ、待っててください」

嬉しさ残る表情のままでキッチンに向かっていく名前の後ろ姿を見つめつつ、昴はくしゃっと前髪を崩した後に、「しまった…これでは完全に絆されてしまうな」と小さく呟いた。