「あ゛ーあっちい…」
「青峰くん暑いっていうのやめてください」

余計に暑くなります、とパタパタと服を摘まんで仰いでいる青峰の隣で、黒子が汗を拭きながら告げた。それに同意するように「そうっすよ、青峰っち!」と黄瀬が答えた。キュッとバッシュの体育館の床を走る音が、耳に心地いい。「黄瀬うぜー…つーかよ、全然暑くなさそうだなあテツ…」と胡乱げな表情で見てくる青峰に、黄瀬が「ひど!」と嘆いた。黒子が「暑いです」と片腹チョップを青峰に喰らわせた。「う゛ッ、てめ、テツ…!」と呻いている様子を気にした様子もなく、黒子が外の運動部を眺めていると、「テツくん!スポドリ持って来たよ!」と桃井が照れたような微笑みをくれた。黒子がそれに微かに笑みを浮かべて「ありがとうございます、桃井さん」と返すと、桃井が頬を染めて後ろによろよろと数歩下がった。青峰が「さつき、俺にも早く寄越せ」と手を出しているのだが、聞こえていないようだった。

「潤おされますね…」
「おい、さつき!俺喉乾いてんだよ!」
「もーうるさいな!」

眉を吊り上げて怒った桃井が、ようやく青峰にもスポドリを渡し、嘆いたままだった黄瀬にも「はい、きーちゃんも!」と渡した。喉越し爽やかそうな音が黒子の両耳に届いた。「あー…まじ今日暑いわ」と掠れた声で運動部を照りつけている陽射しを青峰が見ていると、体育館内のベンチに座っていた紫原、緑間、赤司が近付いて来た。

「ねー、赤ちんたちと話してたんだけど、今日の帰りコンビニ寄らない?」
「いいですね、賛成です」
「あ、そういや新作のチョコ出てるんすよ、みんなで食べない?」
「わー気になる!きーちゃん、コンビニ着いたら教えて!」
「…少しだけだぞ」
「俺は家に迎えはいらないと伝えておこう」

わいわいと話していると、遠くから「おーーい!」と手を振る男子生徒の姿が見えたので、みんな喋るのをやめてそちらを向いた。青峰が「お前か?」と黄瀬を見るが「いや、違うっすよ」と首を振った。「なら緑間か」と緑間を見るが「違うのだよ」と即答。「んじゃ紫原は?」と紫原を見るが「違うしー」と告げられた。「赤司…?」と赤司を見たが「いや、俺の友人ではない」と腕を組んだ。「さつきに告白か?」と桃井を見れば「っち、違うよ絶対!…というか、あの感じは…」と全力で首を振る。……「俺も違ぇしな……て、まさか、おい、テツか!?」と青峰が黒子を見れば、黒子は頷いて「ええ、彼は僕の友人です…彼には、僕が常に認識できるみたいで」と答えて、ゆっくりと立ち上がった。

黒子の言葉に、一同は驚いた。自分たちでさえ、黒子を見失うことがあるというのに。

「クロー!部活お疲れー」
「ありがとうございます。新くんはまだ帰らないんですか?」
「いやあ、図書室でクロに借りた小説読んでたらさ、面白くって…んで、読み終わったから返しに来たんだ」
「そうだったんですか」

「すげえ面白かった、サンキューな、クロ」と無邪気に笑う新に、桃井が「やっぱり!」と声を上げた。その声に、新はようやくそこには黒子だけではなく、キセキの世代と呼ばれるメンバー全てがいることに気付いた。そうして、声を上げた女子生徒に目を向けると、新が「…桃ちゃん!」と嬉しそうに両手を広げた。それに驚いたのは黒子と桃井を覗いた全員だ。何故なら桃井が警戒心を露にすることなく、抱き締めあっているからだ。

「桃ちゃん!そういやバスケ部のマネだったなー!」
「新くん会いたかった…!」
「俺もー!また今度クロと3人で昼ご飯食べよ!」
「うん!」

手をぎゅーっと握り締めて花を周りに溢しながら和気藹々と会話をしている二人の横で呆然としている青峰たちが、動じた様子のない黒子に「こいつ、お前の友人でさつきの彼氏…か?」と問いかけた。それに黒子が首を振って否定した。

「彼は僕の友人ですが、桃井さんの彼氏ではないですよ」
「まあ、だよな……けどよ、なんでこんなにさつきが警戒してねーんだ…?」
「ああ、それは…彼が桃井さんを助けたからです」
「は?」
「…もしや、バスケ部関連の女子生徒からの呼び出しからか?」
「はい」

赤司の言葉に、黒子は頷いた。桃井と楽しそうに会話している新を見つめて、黒子が、ふ…と目元を緩ませた。その様子を見ていた赤司が、しかし、と口を開いた。

「男子生徒が助けたとなれば、さらに桃井が追い込まれるだろう?」

赤司が、そう言って眉を顰めたが、黒子がいいえと即答したので、目を丸くした。

「…彼は、人に優しい。ただ、ひたすらに優しいんです。それが、彼が桃井さんを助けても周りがさらに彼女を追いこまない…新くんは不思議な人なんです」

きっと、見ていたらわかりますよ。と黒子が微笑んだので、赤司も、その場にいた全員が、新のことを見つめた。桃井と携帯を出しあいながら、「ねえ桃ちゃん、ここは?」「うーん、そこはちょっと遠いよ?行くなら休日!」「そうだね、じゃあこっちのバイキングは?」「それいいかも…!」「じゃあ、明後日の祝日に行こう!」「賛成!あ、泊まっていく…?」「でもこの間も泊まったばっかりだから、桃ちゃんママに迷惑かけちゃわない?桃ちゃんパパも」「大丈夫!大歓迎だから!クッキー作って待ってる!」「いやあ桃ちゃん、クッキーはいいよ?クッキーは…!気持ちだけで…!ほんと…!」「えー…そう?」「うん、じゃあ、祝日はお言葉に甘えて泊まるねー!お世話になります」「うん!楽しみー!」「俺も!」と延々と途切れることなく会話しており、その内容を聞いていると女子か!と突っ込みたくなる。しかも、女子の家にお泊り…!
青峰だけが、くうっと羨ましそうな表情をしていると、新が携帯をポケットに入れて、鞄を持ち直して黒子の方を向いた。

「ごめんなクロ!部活の休憩中に」
「いいえ、本が面白かったなら嬉しいので。…続き、読みますか?」
「勿論!読むー!貸してください!」
「ふふ、いいですよ」

そう言って、黒子が新の柔らかい黒髪を優しく撫でた。それを当然のように受け入れている新が擽ったそうに笑って「俺は子供かー」と少し舌足らずに告げたのでそれを見ていた桃井が「新くんかわいいから、テツくんの気持ちわかる…!」と笑った。

そうして、黒子の手が離れた後に、新はようやく青峰たちに目を合わせた。そうして、赤司と目が合うと、柔く微笑んで「休憩中に断りもせずに話し込んでごめんな、赤司くん」と眉を下げたので、赤司は僅かに目を丸くする。「どうして僕に謝るんだ?」と告げると、新が「主将なんでしょ?赤司くん。修くんから聞いてたから」と答えると、今度は青峰が「シュウクン?誰だそれ」と聞いて来たので、新が笑って答えた。

「ああ、虹村修造だよ。俺、友達なんだ」
「は、…」

はあああああああ!?と青峰の叫んだ。それに「うるさいしー」と迷惑そうな表情で紫原が耳を抑えた。

「え、そんなに驚くことかな…!?」
「いや、なんか意外で…」
「なにが?!」

青峰くんって面白いな!とカラリと笑った新が、はっと腕時計を見て「買い出し行かなきゃ…!」と焦ったように告げたので、それに緑間が「買い出し?」と問いかけた。

「ああ、夕飯は俺が作ってるんだ。俺の母親、在宅ライターで色々忙しくてさ」

新が緑間にそう答えた後に黄瀬が「すごいっすね…!」と感心したような眼差しを送ってきたので「すごくはないよ!……じゃあ、バスケ部の他のメンバーも、休憩中にほんとごめん! ―― じゃあ、俺帰るな!クロ、桃ちゃんまた明日ー!」と走り出した新に、黒子と桃井がそれぞれ手を振って見送った。

「なんつーか、元気な人っすね…」黄瀬がそう呟いたあとに「でも、俺嫌いじゃないっす!」と笑って黒子を見た。青峰も「ああ、俺も」と頭の後ろで手を組みながら答えた。紫原は「どうでもいーし」と気だるげに伸びをした後に体育館の中に戻っていった。その後を緑間が「俺たちと同じ年で家族分の料理を作るとは…」と少しずれた眼鏡を指で上にあげた。黒子が「僕の友人ですから」と表情は変わらないが自信満々気に胸を張った。桃井が「新くんの傍はとっても安心するし!」とマネージャーの仕事に戻ろうと腕まくりをした。

最後に、赤司だけが、じっと新の走り去る後ろ姿を、名残惜しそうに見つめていた。

「新、か…」
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