あの日から、この町に寄る度に、彼は私に会いに来る。
何を考えているのか、本当に理解出来ない。

「さっさとお帰り下さいませ、営業妨害です」

「んふふ、そんなこと言わずに!
ねえ今日時間空いてる?」

母の手伝いをしていた私に、彼は誘いをかけてくる。

私なんかに声かけずに、あの女の子でも誘って来ればいいのに。

……振られたのか。
もしや私は新しい子を見つけるまでの繋ぎ?

そんなの心底嫌。

「そんなこと貴方に教える筋合いないでしょ」

「……何か怒ってる?」

え?いつも怒ってますが?
少々乱暴に持っていたおぼんを置く。

「……私じゃなく、あの子にでも会いに行ったらどうですか?」

「あのこ?」

なんで分からないの?

察しの悪い彼に、苛立ちが募る。

「あの桟橋で口説いてた可愛らしい子のことですよ。
覚えないんですか?」

うーんと唸りながら考え込む彼。

本当に覚えてないのか。

それはそれでどうかと思う。
最低ではないか。

「……あ」

ようやく思い出したか。

この際はっきり物申しておこうと、彼を正面から見据える。

「あの」

「……はい」

「私、正直言うと、貴方のこと好きでした。
初めてあった時から。
結婚してもいいと思う程には好きだったんです」

「えぇ!??ほんとに!?!?」

「でも!!!」

凄まじい勢いで距離を詰めようとする彼だったが、私の叫ぶような声に足を止める。

「でも……貴方は別に、私の事、どうでもいいんですよね」

「な、どうして……」

「思い出したんですよね?
……桟橋で口説いてた女の子、とても可愛かったですね」

本当に嫌な女だ、私。
なんて醜い。

こんなことしか言えない女なんて、可愛くもなんともない。
結婚しなくて正解かもしれない。

「私よりも華奢で細くて、目鼻立ちも整っていて……貴方ととてもお似合いでしたよ」

黙ったままの彼。

何か言ってよ。

沈黙が耐え切れそうになく、私はその場を立ち去ろうと彼から背を向ける。

「その子に振られたのか何なのか知りませんけど、次の子が見つかるまでの繋ぎとか、ましてや暇つぶしの相手なんて、そんなの私御免なんで」

そう言い放って足を進めた私の体は、勢い良く後ろに引っ張られたせいでいとも簡単に引き戻された。






「行かないで、京子ちゃん」






何で引き止めるの。

優しく柔らかな彼の声が私の耳を擽る。
温くなる背中に、今まで堰き止めていたものが流れ出てくる。




「っうぅ、何でっ……!
何で!こんなことするのよ!!!

私の事好きでもなんでもないんでしょ!!
ただの繋ぎの女なんでしょ!!

もう話しかけないで!!優しくしないでよっ!!
変に期待させないでっ!!

それがっ……一番、辛いの……っ!」



今の私は本当に醜く、汚らしいと思う。

子供のように泣いて、なんて無様な姿なんだろう。

なのに、彼はそんな私を前から抱き込むと、軽く引きつけを起こしている背をあやす様に撫でる。

「ごめん。
ごめんね、京子ちゃん」

謝らないで。
余計惨めになるのが分からないの。

彼の胸に手を突き離れようとするが、それを物ともせず更に強く私を抱き込む彼。

「俺さ、本当馬鹿でごめんね」

動きを止めた私の髪を掬い撫でながら、彼は静かに言葉を紡ぐ。

「最初は、これは脈無いかなって君のこと諦めようとしてたんだよ。
けど、俺と話してる時、君の音が嬉しそうに弾んでいて、ちょっと期待もしてた。
それで、この町から出る時、賭けに出たんだ。
俺のこと引き留めてくれたら、正式に結婚を申し込もうって。
鬼殺隊をやってるとさ、何時何時死ぬか分かったもんじゃないし、もうこの町に生きて帰って来れるかも分かんなかったから、勢いだけで婚約結んで今後君が生きていく上で俺の存在が邪魔になるのも嫌だなって思って、君の意思に全て委ねちゃったんだ。
結局、君は笑顔で送り出してくれて、それで俺、諦めようと心に決めたんだ」

そこで一旦言葉を区切った彼は、深いため息と共に「女々しいよなあ」と呟いた。

私の頬に手を添えて真正面からこちらを見る彼は、後悔が滲んだ、でもどこか嬉しそうな表情をしていた。

「見送った時の君の音が寂しそうな音だったのは分かってたんだ。
何か耐えてるのは分かってた。
でも、それに気付いてて、その音の理由に気付けなかった。
君を忘れようと今までと同じように、沢山の女の子に声をかけたけど、やっぱり駄目だった。
それどころか、どこか君に似た子ばっかに目がいってた。
君を忘れられなかった。
久しぶりに君に会って、もう京子ちゃんじゃなきゃ駄目なんだって気付いて、受け入れて貰えるまで足掻いてみようと思ったんだ」

「最低な男でごめん」と謝っているのに何故か綺麗に笑う彼。

「君が他の女の子に嫉妬してくれているのが嬉しい。
怒ってたけど、好きって言ってくれたのが、凄く嬉しくて、とても愛おしく思う。
……本当、最低だと思うけど、こんな俺をまだ好きでいてくれるなら──


俺と結婚してくれますか?」