
※2015年5月発行 →完売から一年後にweb再録
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◇ 海はささめく ◇
僕はギルのことを、自分の心の中だけで、ギル、と呼んでいた。呼びかけるときは、ただギルベルト≠ニ呼び捨てる。
ギルは彼の愛称だから、僕はなんとなく口にださない。彼の親しい友人がそう呼ぶから、という訳でもないが、僕にはしっくりこなかった。恥ずかしいのとは違う、名前を呼ぶのをためらうような、浅い付き合いでもない。
心の中で呼びかけるには、ギルベルトだと長すぎる。それに、もう一つ、たぶんこれが一番の理由だと思うけれど、僕は秘密がほしいのだ。
ギルにも、誰にも知られることのない、自分の心にだけ秘めておける、ちいさな秘密がほしい。
秘密をもちたがるのは、僕の性分に違いない。
ひみつ、ないしょ、その言葉はどうしてか豊かに響く。ひとりの時間を過ごすとき、ちっぽけな秘密のことを思い出すのが、ささやかな楽しみだ。
人からは、さみしがりやだと言われたりする。さみしがりで、ほしがり。それはそうだろう。僕は生まれてから長いこと、寒くて、真っ白で、それだけの景色ばかりを見てきたのだ。だから、あったかい土地がほしいし、気の許せる友達もほしい。
望みはまだ幼いうちに、僕の口癖になって、何度も繰り返された。
あの頃のまま、真っ直ぐに育てば良かったのにと、残念がられたことがある。
「ストレートじゃないよな、お前の表現は」
「君が単純すぎるんでしょ」
「わかりにくいんだよなぁ、腹のうちを見せないっつーか」
仕方ないじゃないか。だって、冬が長すぎた。
寡黙な冬は、思考を内向きにさせる。いつしか僕は、夢みがちな性格になっていた。
決して悪いことではないと思う、独りの時間を耐えるには、空想をするのが一番だ。それは人にもともと備えつけられた機能のように思えるし、神様が、孤独な者に与えた能力のようにも思える。
空想は僕を自由にする。秘密は、空想を豊かにしてくれる。
きっとギルには分からないだろう、彼は真っ直ぐで、無邪気な人だから。
これも口にだしたことはないけれど、ギルは無邪気で、それはとても好ましいことだと、僕は思っていた。彼だって、本心を口にしなかったり、弱味を見せたがらない面はあるけれども、ぜんぜん暗くない。
ひょうひょうと軽口を叩き、にまにま笑う。僕にはめったに可愛げを見せてくれないし、悪気のある事ばかりを言う。
それでも、あんまりにも自分に自信があるために、無邪気に見えるらしかった。自信がある人というのは、どんな時でも楽しそうに見える。
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