* * *
「い、イヴァン、折れる、体が……」
「うん……」
朝っぱらから元気な蝉の声に起こされて、時計を見たらまだ四時だった。懸命に夏を生ききろうとしているその声が、なんだかキラキラと広がっていくように聞こえた。太陽から連なる光のように、音の振動がどこまでも続いている。
気持ちのいい目覚めだと思っても、起き上がることができなかった。腰をがっちりとイヴァンに抱きしめられていたからだ。俺は今までどうやって眠っていたのか、やっと息ができるくらいで、抜け出そうとすると骨が痛む。先程から何度も呼びかけているが、寝ぼけた生返事ばかりで一向に進展がない。
「うん……もうちょっと……」
「うん、じゃねぇよ……あ、腰、いてぇ……〜っ」
体がきしんだ瞬間に、昨夜の恥ずかしい記憶までよみがえってくる。わあっと声を上げながら、イヴァンの体をばしばし叩いた。
「痛っ、いたいよ……なーに、もう朝?」
「なーに、じゃねえよ、離せって! 恥ずかし死にするのも、お前に抱きしめられて圧死するのも嫌だ!」
「えっ、やだ、死ぬとか言わないで、怖いよ」
気が動転したまま、イヴァンの腕とベッドから這いだし、窓にもたれて頭を抱える。
「あぁ、俺……裸じゃねえか……」
「すごいね、朝陽に照らされて、きれいだよ」
「お前は……なんで朝から絶好調なんだよ……ちょっと静かにしててくれ」
とりあえずイヴァンを黙らせて、何度も深呼吸をしながら、窓を見た。今日もよく晴れている。青い空を見ていると、次第に気持ちが落ち着いてくる。
白い雲を見て、にこにこ笑っていたあの人の、白いスカートみたいだと思う。そういえば、昨夜は連絡をしそこねてしまった。イヴァンが怒られないよう、俺のせいだと伝えなければ。いや、なんて伝えればいいのだろう、喧嘩をして、仲直りにいそしんでいましたなんて、とても言えない。
溜め息をついたら、のそのそ起き上がってきたイヴァンに、後ろから抱きしめられる。
「暑い……」
「……、」
「おい、なんか言えよ」
「だって、静かにしてて、って言われたから」
「そっか」
なんとなく気恥ずかしくて、肩にのせられた頭をぽんぽん撫でる。イヴァンは嬉しそうに笑って、まだ眠たそうな呼吸に、体を上下させた。背中ごしに伝わってきて、俺もゆるやかに呼吸を合わせた。
窓の外にひろがっている、夏を眺める。ひまわりの花が、生き生きと太陽の光をほおばって、惜しみなく明るさを振りまいていた。丘の向こうまで続いていく黄色、暑さのなかに霞んで見えているのは、あの教会だろうか。
「なんだ……ここから見えるのか……」
少し遠いが、チャペルの尖塔が、きら、と輝いている。聞こえるはずのない、鐘の音に、呼びかけられた気がした。びっくりして、目をこすりながらもう一度見ても、もうそこに高い塔はない。ただ鮮明な光があるだけだった、もちろん、鐘も見えるわけがない。眩しさに何度もまばたいてるうち、朝陽の白さに、ふっと笑えた。目を見開くかわりに、深く息をすいこむ。
――そこから、見てくれている。普段はそんなこと、信じていないのに、今朝だけはそう確信した。よく晴れた空だから、俺を見つけてくれたのか。
「あぁ……俺は元気だ」
「……誰に、言ったの?」
「ないしょ……イヴァン、電話しなくていいのか」
「うん、まだ早いから……ギルくん、手を繋いでも……いい?」
答えずに目を閉じたら、あたたかい手が触れる。幻のような夏の朝が、そっと見守ってくれていた。
Fin.
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*Theme『孤独ゆえに人を愛す』
*Thanks BGM,
《Girls》《Primo (Featuring Toma Itoko)》高木正勝
《glow Acoustic Arrange》リミット/keeno
*作品内に登場するものについて、貶める意思も、助長する意思もありません。
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*「鐘の音が」は、ギルくんにじっくりと内面を打ち明けてもらう話でした。
*裏テーマは「攻め露」です。かわいいのに、かっこいいのに、どこまでも優しいのに、寂しがり。そんな理想の攻は実現できるのか考え続け「そうか、孤独な王子様を書こう!」と、わけの分からない目標を抱いて書ききりました。
*『孤独』は、自分の創作全てに通じる、ひとつのテーマでもあり……救い、救われる、そんなろぷちゃんが好きです。主義主張の強い話になってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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全ての孤独な声が、いつか誰かの耳に届きますように。世界平和と、あなたの幸せを祈って。
Re:lei*ray(旧サークル名) 糠夜雨子 2015年8月14日