T
※くま×うさ ご本家様とは異なる*捏造設定*に基づく作品です。ケモ注意。ふわっとした世界観で書いていますので、ふわっと読んでもらえれば幸いです。

※2015年12月発行『花咲く丘』 →完売から一年後にweb再録
 イベント・通販でお手にとっていただき、ありがとうございました。













 ◇ 出会いの春 ◇



 ○.

 循環する水と大気、海と森、ここは生命がゆっくりと廻る星――。遠い、遠い昔、全ての陸地は海だった。雨が芽吹かせた大地は、少しずつ削られ形を変えて、氷河や砂漠の時を経て、再び命を宿らせた。

 ここは美しい森だ。青い入り江が沼になり、いつからか緑の森となって、半円の山に囲まれている。
 動物たちはここを月の森≠ニ呼んでいた。肥沃な土地に生きる者は多く、ここを住処とする種族の分だけ、多くも少なくもなく、森は恵みを与えてくれる。

 たんぽぽの綿毛が飛ぶ季節に、ひとりぼっちのウサギが、月の森を駆けていた。真っ赤な目をした銀色のウサギは、神様からもらった名前をギル≠ニいい、他の動物たちからはうさぷ≠ニ呼ばれている。

「あー、いそがしい、いそがしいったらないぜ」

 疲れた体を柔らかい草原に横たえ、ぷぅっと一息をついた。綿毛がふわふわと鼻先をかすめていく。春とはいえ、食べ物探しに忙しい。
 ギルは新しい巣穴をつくったばかりで、群れから離れ、ひとりで暮らしている。金色ウサギの群れに生まれながらも、銀色の毛並みを持っていたためだ。

 あたたかい春風が吹き荒れる。思わず目をつむり、鼻をひくひく震わせた。そうして誰に言うでもなく、ひとりで呟く。

「まったく、俺はどうして俺なんだろう……でも大丈夫だ、俺はもう大人のうさぎだから」 

 まだ陽が高く、草地はきらきらと眩しい。少し休んで元気になると、長い耳をひょこっと立てて、体を起こした。

 近くに川が流れているようだ、川沿いを行けば、何か良いものが見つかるかもしれない。ギルは透きとおった流れに沿って歩きはじめた。足取りは軽く、真っ直ぐに進んでいく。



 さて、川下にいるのは、ひとりぼっちのクマだった。蜜色の毛並みに、菫色の目をもっている。そのクマは、天からもらった名前を イヴァン ≠ニいい、他の動物たちからは くまろし ≠ニ呼ばれている。

 元々は違う森で暮らす種族なのだが、家族とはぐれてさまよううちに、月の森に住みついた子どもだった。迷子とはいえ、大きな迷子だ。大人のクマだと勘違いをされ、誰にも声をかけてもらえなかった。

 のどかな時間が、青い水面に降りそそいでいる。春の日差しはリボンのようにひらひらと揺れ、小川の流れは速い。

「あれ? なんだろう」

 それはたんぽぽの白い綿毛で、風にのって飛んできたのだったが、イヴァンは綿毛を知らなかった。
 何か良いものが、川上からやってきた。まるで誰かからの贈り物みたいだ。そう思って、あっちへこっちへ飛ぶ白い綿を、面白く眺める。

 ついに自分の頭上にまで飛んできたとき、イヴァンはもう嬉しくってたまらず、ふんふん鼻をならしながら、その場に座り込んだ。
 ほとんど尻もちをつくような勢いであったため、浅瀬にばしゃんと足が浸かる。ふっと風向きも変わって、たった一片の綿毛は、川のなかへと消えてしまった。

「あーあ、落ちちゃった」

 落ちたところを覗きこめば、のんびり屋のクマらしい顔が映る。手を、ちょこっと水に浸してみる。数日前にそうした時は、まだ雪解けの冷たさが残っていたけれど、今はぬるまった水が心地よい。

 その時、川沿いのけもの道を歩いてきたギルは、浅瀬でくつろぐ動物の姿を見つけた。

「……クマだ、クマだ!」

 ぱっと見ただけで、すぐに身を隠した。こんなに近くで、クマと遭遇するのは初めてのことだ。ついつい好奇心がわいて、知りたい気持ちが抑えられない。ちょっと見るだけだ、と、隠れた木陰から、おそるおそる顔を出してみる。

 クマは鼻歌まじりに、ぱしゃぱしゃと水を蹴っていた。水浴びにしては悠長だ、どうやら遊んでいるだけらしい。

「ぷっ、なんだあいつ、変なの」

 こんなに近くにいるのに、こちらに気づく様子はない。なんて鈍感なクマなのだろう。

 のんきに、楽しそうに遊ぶクマを見ているうちに、ギルはおかしくなってきた。自分が風上にいるのも忘れ、くすくす笑う。機嫌が良いときのウサギの癖で、ひこひこと動いてしまう尻尾が、春をとらえてピンクに染まる。



 ひとりぼっちのウサギと、ひとりぼっちのクマがいた。

 ふたりはまだ出会わない。ただ真っ白なたんぽぽの綿毛が、ふわふわと光に浮かんでいた。



.