04
どろっとした闇のなか、綱渡りをするように、浅い眠りを繰り返していた。俺は何度もシーツを蹴っては、広い天蓋付きのベッドで、眠る場所を探している。部屋のなかは静かでも、半透明の蚊帳の向こうから、重く粘度の高い夜が迫ってくるようで。高ぶる神経をどうにか沈めようとあがく。
やっと眠れたかと思えば、落ちるとも昇るともつかない感覚で、ぐわんと頭が揺れて目覚める。まるで、脳を横殴りにされているようだ。不快感に何度か頭を振って、また目を閉じる。起きたら負けだと思い、ほとんど意地で、眠る体勢をとり続けている。
「……ギルベルト」
夢うつつに、かぼそい声を聞いた。ひどく遠い、何処にいるのだろう。
隣に寝ているはずの男の声が、ベッドの外から聞こえてきても、俺は不思議と驚かなかった。寝苦しさにかまけて、隣が空になっても気づかなかったか、最初からあいつは居なかったか、それだけの事だろう。目を開けて、姿を確かめようとも思わない。
ぺたぺたと水っぽい足音が聞こえてくる。覚醒しきらない意識で、幽霊のようなその気配を追った。部屋のなかをうろついている。音からして、たぶん裸足だろう。
「ギルベルト」
まだ、遠い。そう思っていると直ぐに距離が縮まり、誰かが、俺の顔のすぐ横に手をつく。じんわりと生温かい感触が伝わり、上からもぽたぽた水が垂れてきて、俺は眉を寄せる。シーツが水分を含んで、それが俺の背中までを濡らしていると分かった。
「……イヴァン?」
どうしてか、目を開けたら負けだという気がして、頑なに閉じたまま呼ぶ。
「あげる」
びしょ濡れで帰ってきたイヴァンが、俺の口に、何かを押しこもうとしてくる。しめった指を突っ込まれて、もちろん抵抗したが、あまりに強引なので受け入れた。
丸い、飴玉くらいの、氷だった。舌の上を転がって溶けると、淡い水の味がする。
「食べて」
言われるがまま、がり、と歯をたてる。氷を噛み砕いてるうちに気がついた、濡れたイヴァンの体からは、潮の匂いがしない。
すぐ側に、あのプールがある。そう思うだけで気分が悪くなり、肺が大げさに上下した。胸が重苦しく、心拍数が高まっていく。閉じた目蓋の裏で、一瞬だけ、暗い水面がきらめいた。
「……もう寝ろ」
噛み砕いた氷とともに、嫌な空気をごくんと飲みこむ。ついでに、びしょ濡れの男の腕をひくと、おとなしく隣に横たわった。やけに殊勝だ。
「……ギル、」
「寝ろ」
もう、何もかもが面倒くさい。悪夢に蓋をするように、無理矢理、しめった髪を胸に抱きしめる。香りも味もない水が、二人分の体温であたためられていくのが分かる。
不穏な闇と呼吸を合わせ、深いところへ沈んでいく。結局ずっと目を閉じたまま、イヴァンの顔を一度も見ることなく、俺は意識の世界を手放した。
* * *
HOTEL RAPHAEL 3 につづきます。
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※実在の人物や土地とは一切関係がありません。
※作品内に登場するものについて、いかなるものに対しても、否定したり貶める意思はありません。
※おそらく次で完結します。