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まよなかのうすいところ



2016.1 俺様の誕生日だゼ!2 無料配布
*人名、人間パロディ設定(雰囲気でお読みいただければ幸いです)

*とある夜のふたりを、時系列をばらばらに、パズルのピースのように紡いだ短編です。
 読みながら「ひとつの夜」を完成させてください。












 ◇ まよなかのうすいところ ◇


【00:45】

 たっぷりと冷えた体で、足をもつれさせるように家のなかへ入った。本当にもつれたフリをして、後ろから入ってきた男を軽く抱きしめる。肩に腕をまわしたら、イヴァンはゆったり体の力を抜いた。
 ふっくらとした頬から、漏れでた吐息が笑い、俺の耳をくすぐる。
 
 帰ってきた、さぁ、これで二人きりだ。
 気が緩むと、なぜだかお互い悪戯っぽい目つきになる。スイッチが入るのだと思う、ゆっくりできると思った側から、新しい悪戯を考えてしまうのだ、なんという働き者だろう。

「君、煙草吸いすぎだよ」
「そうか?」

 俺が抱きついてることには頓着せず、ストールを外す。その大きな手を見ながら、俺も上着の釦を取るのを手伝ってやる。

「あの人、嫌がってたよ」
「だって、あいつの香水、我慢できるか?」
「ふふ、鼻が曲がりそう」
「だろ」

 二人分の上着を掛け、廊下の電灯を点けた。自分でしたくせに、ぱっと明るくなった家に少し驚く。
 明るいところで、柔らかい唇を受けとめた。悪くない、バーの暗がりでするよりも、はるかに良い気持ちだ。

「……煙草くさい」

 そう言いながらも、俺の腰を抱いて、ぽてっとした鼻先を首に埋めてくる、ふんふんと可愛い音をさせながら。
 俺はイヴァンの頭をがしがしと撫で、同じように鼻をこすりつけた。

「ん?」

 プラチナの髪を一房とって、すんと嗅ぐ。話題にしたばかりの悪趣味な香りが、わずかだが、染みついている気がする。品のない、安っぽいムスクの香水だった。

「……俺のもんに変な匂いつけやがって。来いよ、洗い流す」

 俺の顔色が変わると、すぐ上機嫌になる。

「あーあ、また敵が増えちゃうね」

 嬉しそうに言いやがって、他人事か。
 重たい体を、引っ張るように浴室へ連れて行く。ぐずぐずするなと振り返れば、ますます喜ばせてしまう。

「お前だって、話なんか聞いてなかったろ」
「だって、あの人の声きらいなんだもん」

 にこにこしながら「嫌い」と言ってしまうあたり、俺より性格が悪いと思う。いや、どっちもどっちか。

「性悪」
「君もね、」

 頬を軽く小突いて、同じ場所に、唇でも触れてみる。柔らかい、どちらともなく、ふすりと笑う。
 いろいろなものの染みついた服、付属品を脱ぎ捨てていく間、ずっとふざけ合いながら笑っていた。
 腕時計を外そうと裏返した手首をとられ、かすめるように口づけられた。

 俺からもお返しとばかり、自分が脱いだシャツで、イヴァンの首を絞めてみる。するする、首を絞める真似――真似事が本気になる前に、キスをしてくるところは賢明だ。
 下唇を食みながら、シャツは適当に丸めて放った。うまいこと飛び、ちょうど開いてた洗濯機の中へシュートが決まる。

「ン、……僕も!」

 薄目にそれを見ていたイヴァンも、いそいそと自分のシャツを脱ぐ。真似して投げるが、あえなく失敗、へりに当たって落ちてしまった。

「へたくそ!」

 床に落ちたシャツ、しょんぼりしたイヴァン。俺の笑いは止まらない。髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、唇に吸いついた。

 下も脱いでしまえばいいのに、上半身だけで、もう、触れあう素肌が気持ちよくて、なかなか離れがたい。イヴァンも同じことを思ったのか、きゅっと抱きしめられる。
 そのままふらふらと前後するので、ふたりで体をくっつけたまま、ゆりかごのように軽く揺れた。
 沈黙すら、離れがたい。

「……Frisk……Katjes……、」
「あ?」

 どれくらい黙っていただろう、唐突な商品名に振り向いた。どこかのレシートが読み上げられている、俺の尻ポケットから取り出したらしい。

「すけべ、勝手に見てんじゃねぇ」
「お菓子ばっかりだね」

 俺はイヴァンの背中を、つぅっと指でなぞる。くつくつ笑って跳ねる背はぶあつく、あまり背骨が分からない。
 さらに尻ポケットの奥へと、指がすべりこんでくる感触がした。もう一枚のレシートを取り出して、ふむふむと可愛い声でまた読みはじめる。

「003L……これは?」
「ん、あぁ、それか」

 可笑しくって仕方がない。囁く声が、自然と笑みを含んでしまう。お前のアレに、つけるやつ=@耳に直接吹き込んでやっても、きょとんとしていた。まさか、本当に分からないのだろうか。
 まぁ、別に問題は無い。それを開封するのは俺の仕事で、とっておきの楽しみでもある。

「紙きれはきちんとゴミ箱に捨てろよ、な」
「ちぎって紙吹雪にするんじゃなくて?」
「おぉ、誰だ、そんなことすんの」
「誰だろ〜、悪い子だねぇ」

 えいっ、と投げた紙くずが、今度はゴミ箱にちゃんと入る。それくらいの成功で「ほめて!」と見つめてくる瞳に、まったく邪気がないのだから困る。両手で頬を挟み、色づくまでさすってやる。
 褒めるときも、叱るときも、目を合わせるのが肝心なこと。なんて、これは犬の躾の話だが、人間の男にもそれなりに効果がある。

 見ろ、俺の目をちゃんと見ろ――そう、それでいい。撫でながら思った、いったいどちらが躾られているのだろう。

「これも外して」

 これ、と指にひっかけ、ネックレスを取れと言う。

「なんでだ」

 ごく細い鎖で、小指の爪ほどの飾りがついているだけ。慣れれば素肌の一部のようで、最近あまり取り外していない。

「……こうしたいとき、顔にあたるんだ」

 鎖骨のくぼみや、首筋、耳の裏まで。キスをするでもなく、俺の肌に顔をこすりつけるのが、イヴァンの癖だ。
 俺はどちらかといえば、イヴァンと俺との肌のあいだに、薄いなにかを挟むのが好きだ。邪魔なネックレスが、しゃらんとかすかな音をたてれば、かえって近さを実感できる。

 だが、嫌だと言うのなら外そう。
 後ろに手をやるため腕を上げたら、すかさず脇の下にくちづけられ、「こら」と叱る。
 外した鎖は、なぜだか置いてあるウォトカの瓶(こいつが風呂で飲んだのかもしれない)、透明なボトルの首に掛けておいた。なかなか似合っている、飾ると物は息づくのだな。空の硝子すら、光りだした。



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