血のにおいがする。

ふんふんと空気を嗅いで、名前は思わず顔を歪めた。鉄の、銃と硝煙のにおいも鼻をつく。

先刻していた激しい音は、何かの争いの音だったのだろうか。

人間は偶に、縄張りを争うのでも無く殺し合う。不思議な事だ。自分も人間である事を棚に上げて名前はそう思った。

周りにいた猫達も不快なにおいを嗅ぎとったのか、次々と路地裏を、側を離れていく。

それでも、何となく、名前はその場に残った。

膝の上に乗っていた三毛猫が最後に、名前を「行かないのか」とばかりにちらりと見やってから路地裏を出て行った。

膝上のぬくもりが消えて、少し寂しくなった。

それでもここに残ったのは、直感で「いなければならない」と思ったから。

三毛猫が消えてから程なく。足音が聞こえた。血のにおいが増してくる。においの原因が近寄って来ているのはほぼ間違いない。

「………………」

猫を座らせていた格好のまま、ぼんやりと路地裏の先を眺めた。足音もそちらからする。

間も無く、その足音の主は現れた。

やってきた人影は、僅かな光の差し込む路地裏の入口を塞いだ。何処か幼い男だった。

その細身の身体の纏う衣服は、ゆらゆらと風も無いのに揺れ、まるで何か、地獄から這い出てきたかのような気配に背筋が泡立った。

「…………」

人影が、こちらを向いた。真っ黒な目と見つめ合い、刹那、

凄まじい衝撃と共に世界が一回転した。


「ぁ……!?」


頭から硬い地面に落ちて、先程と変わらず無表情に自分を見る目に、漸く名前はその男に投げ飛ばされたのだと理解する。

でも、如何やって。

「……小娘」

低い恐ろしい声で、男は問うた。

「貴様、真逆、何処かの組織の間者か」

「…………ぅ?」

「答えよ」

云っている意味が判らずに首を捻りかけたが、喉元に鋭い物が突きつけられて硬直する。

それは男が纏う衣服だった。只の布等では無い。男がその気になれば簡単に名前の頸を引き千切る事が出来るだろう。

「か、んじゃ……?」

舌足らずな話し方に男は眉を寄せる。

「言葉を解さぬか。…………面倒な」

名前の本能が逃げろと叫ぶ。だが、間に合わなかった。

「殺すか」

名前の頸を、黒布が締め上げた。反射的に*くが、手脚も拘束される。

「………うぅあっ…………!」


脳に酸素が行き届かない。

視界が歪む。


命の危機を感じた名前が行ったのは唯一つ____自分の身体を小さくして拘束から逃れる事。

男が目を瞠った。

「貴様は真逆、」

視線の先には、急激に縮んだ名前___黒猫。

黒猫は素早い動きでその場を飛び退き、姿勢を低くして身体の毛を逆立てた。

「…………異能力者か」

男の、その口の端が吊り上がる。





路地裏の奥で威嚇する小さな黒猫に、男が纏い操る黒布が殺到した。









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