購い物を終えて。

森さんから、此処が君の新しい家になるよ、連れて来られて鍵を渡され___とんでもなく広い家に住む事になりました。それも、家政婦さん付きの。

「うそだ……」

高級マンションと云うらしい此処は、恐ろしく広く高い上に、警備がしっかりしている。

玄関前の凄まじいセキュリティの数々と云ったら、どこぞの城の守りだと思った。

どんな強盗も立ち入れはしないから安心だよと云われたが、抑もそんな心配はしていない。

こんなに高層の、家賃も高そうな部屋を充てがわれて、そのお金を返せるかどうかが心配の種になりそうだ。

___と云うか、これは森さんの申し出を素直に受けて、働いて恩を返すべきでは?

「あぅぅ……」

だだっ広いリビングで名前が頭を抱えている内に、家政婦の女性が大量に購い占めた襞付きの服やらをクローゼットに仕舞い終わっていた。

そうしたら、彼女が今度は食事の準備を始めたので手伝いを申し出たら断られてしまった。「仕事ですので」と。プロフェッショナルと云うものだろうか。

どうにも落ち着かず、リビングを出て廊下をうろうろする。

ついでに幾つかの部屋を覗いたが、素人目にも判るほどの高級な家具が並んでいて、思わずそっと扉を閉めた。目の毒だ。

「………どうしよう、」

若干青褪めた顔でこの新しい家の高級さに怯える名前。

過酷な路地裏の猫社会で生きてきたとは云えども、物の価値観の常識はある心算だ。

あのお医者様は一体……と、恩人の柔らかな笑顔を思い出す。雰囲気からして只者では無いとは察していたが此処までとは。

食事が出来ました、と家政婦の女性に声を掛けられるまで、名前はその場に呆然と突っ立っていた。

因みに夕飯は胃に優しい湯豆腐だった。とても美味しかった。










「それでは、今日は失礼させて頂きます」

玄関で丁寧にお辞儀した家政婦の女性___小河さんは、週四日、通いで此処に来て掃除や食事の用意などをしてくれるらしい。

「えっと、でも、あの」

他の日は如何したらいいでしょうか、と問いかければ、彼女は微笑んで答えた。

「御心配なさらずに。首領より命令を賜った者が名前様をお迎えに上がります」

「ぼす?」

「私達の長、森鴎外様です」

………聞かなければ善かったかも知れない。真逆の、大企業(多分)のトップにこんなお世話をして貰うなんて。

「首領は、是非名前様に此処で暮らし、将来は自分の元で働いて欲しいと仰って居ました」

「…………え」

今日は、驚く事ばかりだ。

「ですから、私が居ない日には組織の構成員が名前様の身辺の世話と警護を務めます。粗暴な者も多いかと思いますが、何卒ご容赦下さい」

明日から組織の者が参りますので。

小河さんはそう云ってもう一度頭を下げ、それから背を向けて帰って行った。









……組織とはなんなのだろう。

名前の中で嫌な予感がむくむくと膨らんでいた。








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