「つまり、君が芥川くんに襲われたのは只の勘違いだった、と云う事かい」

粥を食べ終えた名前からあの黒い男(芥川と云うらしい)に攻撃された経緯を聞いた森は、やれやれと首を振った。

「仕事熱心なのは良い事なのだがねぇ……」

「…………」

人を襲う仕事とは何だろうか。物騒極まりない。

「然し、君は異能力者なのだろう? 今迄何か面倒事に巻き込まれる事は無かったのかい」

「いのうりょく?」

頸をひねる。何処かで聞いた事はある様な気がするが。

「君の周りに、猫になれる人間も、人間になれる猫も居なかっただろう? 君が猫に変化出来るのは、異能力という特別な___才能、とでも云うのかな、其れを持っているからだ」

「さいのう」

確かに、私は猫としても人間としても異端だったけれど、真逆そんな風に評されるとは思ってもみなかった。

「其れだけでは無いよ。君が芥川くんから受けた傷も、傷跡すら残らず治っている。痛みも無いときた。自己治癒力も凄まじいものだ」

怪我は、昔から治りやすい方だったけど、それもその「異能力」とやらのお陰なのかと思うと、納得が出来た。

「自分で異能力を制御出来ているようだけど、誰かに教わったりしたのかな」

「……いいえ」

「独りで、操れるようになったと?」

「はい」

「……聞くけれど、今迄誰と暮らしてきたんだい。真逆家族と路地裏で、という訳ではないだろう」

その問いに、「ねこと一緒に」と答えた。森の表情が変わる。

「…………ご家族は?」

おそらく答えが判っているだろうその質問に、名前はかぶりを振ってみせた。

「てんごくに、」

そうか、と森は呟いた。


「…………」


「…………」


二人の間に長い重い沈黙が下りる。

破ったのは森だった。

「名前ちゃん」

名前は僅かに下に向けていた顔を上げた。

「路地裏で暮らしていた所から見るに、君には身寄りが無いのだろう?」

頷いた名前に、森は続けた。

「君が若し良ければ、私が君の後見人に為ろう」

「え?」

思いもしなかった言葉に、名前は目を丸くする。

「住む所、着るもの、食事だって面倒を見るし、君が大きくなったら仕事の紹介もしよう」

穏やかに、然し確固たる意志を持っている目で、森は云う。

「代わりに、幾つか私の頼みを聞いて欲しいのだけれど___」

如何かな、と微笑まれて、名前は反射的に頸を振った。

「はじめてあった人に、そんなに、あの、めいわく、は、」

「迷惑等ではないよ。私が提案して居るのは、私が君を助けたいからだ。無理強いはしないけれどね」

「でも」

今迄、家族と死に別れてからはずっと猫達と生きてきたのだ。人の社会の常識に、猫の世界の常識は当て嵌まらない。

だから、自分が真っ当な社会で生きて行けるわけがない。そう云おうとした。

「だが、君は身寄りが無いのだろう? 死ぬ迄路地裏で、猫と一緒に居る気かい?」

「それ、は」

無理だと云う事位、自分でも判っている。

「…………かんがえさせて、ほしいです」

迷った挙句捻り出したのはそんな言葉で、それでも森さんは頷いてくれた。

「何時までも待つから、ゆっくり考えて、君の思う通りにすれば良いよ」

何時までも、との言葉にまた驚いた。この人は、私みたいな子供相手に何を求めて勧誘して居るのだろう。



「それじゃあ、当分の君の住む場所を決めよう」



「…………はえ?」

「おや、私が路地裏に追い返すとでも思ったのかな」

名前の恩人は、有無を云わせぬ笑顔で云う。

「考えて貰うのなら、どんな待遇で居られるか、知っておいて欲しいからね」

え、え、と声を上げる名前を手を引いて立ち上がらせ、森は携帯端末を片手に何処かへ電話を掛け始めた。

名前はというと、余りの展開に驚いて目を白黒させるばかり。

あっという間に通話を終えた森が名前に
「それじゃあ行こうか」と云ってごく自然に歩き出した。

「先ずは服を購おう。部屋は服を購っている間に用意させるから、心配は要らないよ」

「で、でもわたし、」

「嗚呼、それからエリスちゃんの服も一緒に購ってしまおうか! 二人でお揃いの服を着て貰うのも中々___」

嬉々としてこれからの購い物計画を語る森に、名前はふと昔、父親に、こんな風に購い物に誘われたのを思い出した。

___なつかしい、な。

無意識の内に、きゅっと掴まれた手を握り返していた。

「如何したんだい?」

不思議そうに尋ねられて、名前は慌てて首を振る。

「ぁ、いいえ……」

「そうだ、エリスちゃんの事は未だ話していなかったね。とても可愛い女の子なのだよ」

勿論名前ちゃんも可憐だよ、と付け加えられて顔が熱くなった。

「屹度エリスちゃんとは気が合うよ。仲良くして欲しいな」

握った手とは反対の掌が、優しく頭を撫でる。

「…………森さん、ありがとうございます」

「礼などいらないよ。私が君に喜んで欲しくてしているのだから」

その笑顔に、名前もつられて笑った。



其の儘二人は、エリスも乗った迎えの車に乗り込み___日が暮れ、くたくたになるまで、購い物をする事になった。












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