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沖縄にしては冷えた気候。
十二月の、恋人達が賑わう日、セイント・クリスマス。
道行く恋人達は、手を繋いだり肩を組んだりイチャイチャしたりと忙しそうだ。
当たり前だけど、殆どの人の表情は明るい。
恋人でなくても、友人や家族と共にいる人も笑顔が咲いている。

本当だったら、あの恋人達のように私も笑っていたはずだった。
彼と手を繋いで、将来に思いを馳せてみたりして。
いつもより甘い夜を過ごしていたかもしれない。

…なのに、私はどうしてここに独りで居るのか。
大きなツリーを前に、冷えたベンチに座る。
初めて来るこの場所は、彼との待ち合わせの場所だった。

そんな彼も、待ち合わせ直後は「彼氏とツリーを見るの、夢だったあんに?」、なんて笑ってたのに。

次の瞬間には神妙な面持ちで、ポツリと呟いたのだ。

「わっさん、別れてほしいんやしが…」

初め、彼が何を言ってるのかも解らなくて、瞬きを繰り返していた。
でも、いくら経っても彼が嘘だよ、と言うことは無かった。
神妙な面持ちから苦し気に、でももう私に気持ちはないのだとはっきりとわかる表情で、彼は口を開く。

「別れよう、ひな」

再度、言われた言葉に、気付けば私は頷いていた。



来た時にはいたたくさんの人影が少し引いたとき、急に自分の心の中もぽっかりと穴が開いたように感じて、私は俯いた。

「遊び、だったんばぁ?」

呟いたら、一気に苦しくなった。
まさか、そんなはずない。
そう思いながらも、否定出来ないのが辛かった。

だって彼は、今までに何度も浮気をしてきたから。
気が付けば、いや、もしかしたら始めから、私との付き合いが浮気だった。
それだけのことだったのかもしれない。

「自惚れ、だったんかやぁ」

私だけは、特別って。
自惚れ、だったんだろうなぁ…。

あれだけ酷いことをされてきたのに、どうしてこんなに嫌いになれなかったんだろう。
そう思って、私はやっぱり彼が好きだったのか、とわかってしまった。
悲しいのに、苦しいのに、なぜか涙は零れなくて、私は地面を見つめていた。



どれくらいそうしていただろう、あまり時間は経ってないかも知れない。
それでも、寒空に浮かんでいた太陽は、いつの間にか姿を消していて、時間の経過を知らせていた。

そろそろ帰ろうか、そう思ったときだった。

「かーのじょ」

何かと思って顔を上げると、金髪の美人さんが目の前に居た。
美人さんは私と目が合うと、その青い目を細めてふわりと笑った。

「くんぐとーる場所いちゃんら冷えるんどー?
わんぬ店ちゅーさ?」

…何この人。

そう思って私は視線をずらした。
怪しい美人さんは自分の発言の怪しさに気付いたのか、あ、と呟いて笑いながら手をパタパタと振った。

「あらん!
えーっと…。
わっさん、わん、どぅしとあそこぬ店開いたんばぁよ。
ついくぬめぇ」

言いながら指差した場所は私からもよく見える。
小さな、と言えるのか言えないのか。
それなりの広さを持っていそうな店があった。
美人さんの言う通り、看板もまだ新しい。

「じちぇー、あぬ場所からいったーぬ様子見えたんさぁ。
やくとぅ、大丈夫かやーとうむて」

後頭部を掻きながら言うその姿に、偽りはなさそうだった。
そんなに遠くないその店の窓から、店内の様子が見える。
店の方を見た後にちらりと美人さんを見ると、彼は少し困ったように眉尻を下げた。

「見てたんばぁ?」

自嘲するように問えば、彼は頷く。

「クリスマスんかいフラれるなんて惨めあんに?」

そう言いながら、私は苦笑した。
でも、ずっと笑っていることもできなくて、苦労して浮かべた笑みを歪めた。
泣きたいのに、泣きたくて仕方ないのに、なぜか涙は零れなくて、私は両手で頬を覆った。

美人さんは、私の手を引いた。
ちょっと力を入れられたそれに、私は逆らうことできず立ち上がった。
繋がれた手はそのままに、引かれて歩きはじめる。
まるで、迷子だな。
そう思ったら、涙がすっと引いた。
黙って着いていった先は、さっき指差していたお店だった。



お店の中はとてもこの土地らしいインテリアが目立った。
珊瑚や貝が飾ってあったり、エイサーの写真があったり。
写真の中には美人さんも居た。
一緒にピースをしてるのはさっき言っていた仲間、なのだろうか。
写真の中の彼は幼さが残る。

「うんぐとーる珍しいむぬじゃねーらんさぁ?」

エイサーの写真をガン見している私に言ったのだろう。

「…まぁ」

確かに珍しいものではない。
エイサーの格好なんて毎年見るし、寧ろ見飽きているくらいだから。
でも、気になったのはそんなことじゃなくて…。

「さっきあびってたどぅし?」

写真を指差して聞けば、美人さんは笑った。
多分、肯定。

「いちぬ?」
「中学ぬ文化祭よ」

年期の入った写真だと思ったら、やっぱりそうだったらしい。
美人さんが今二十五と考えても、もう十年前の写真なんだ。

「やー、何歳?」

美人さんに聞かれて、私は二十三、と返した。

「あり、ってくとぅや浩一と同い年かぁ」

この言葉で解ったのは美人さんは二十三じゃないってこと。

「うんじゅや?」
「わんや二十四」

余り変わらないな、と笑った顔が印象的だった。

にしても、ぼちぼちいい時間になるが、お客さんが居なければ他に店員もいない。
他の従業員はいないのかと聞いてみると、普段はシフトは三人で入ることが多いそうだ。
一人は仮眠中。
もう一人は家族が体調を崩しているらしくて早く帰したそうだ。
クリスマスに可哀そうだなぁ…。
ん、これもしかしてブーメラン?

美人さんの名前は凛さん。
上着を脱いだ彼のシャツに、名札代わりの缶バッチが着いているのを見て漸く解った。

「彼氏、どういう奴だったんばぁ?」

何事も無かった様に聞くから、私の口からもすんなりと言葉が溢れた。

「はじみてぃー会った時や、真面目な人だったんさぁ」

出会いは大学の時だった。
三年の時に、私が転んでバラまいた荷物を拾ってくれた優しい人。

それからよく会っては話すようになった。

「付き合い始めたぬやくじゅぬ四月頃で、嬉しくて死ぬかとうむた」

やっぱり彼はいつでも優しくて、大学を卒業してもそうなんだろうって思ってた。

「やしが、社会人になってから、一変したさぁ」

女遊びは激しくなったし、約束を守らないことも多かった。
機嫌が悪いときは強姦紛いのこともされたし、抵抗すれば殴る蹴るは当たり前だった。

「気付けば今年に入ってから、わんや“彼女”じゃなくて、“人形”だったんばぁよ」

それでも、やっぱり時折彼は凄く優しいから、全てを謝ってくれるから、私は別れられなかった。

「そしてなまんかい至る」

苦し紛れに笑えば凛さんは私の頭をポンポンと叩いた。
それが合図かのように、そしてさっきまで泣けなかったのが嘘みたいに涙がポロポロと流れ出したのだった。



もし、凛さんが居なかったら私は泣けなかった。
ずっと彼への想いを引きずってた。
年が明ける時も、きっと下を向いてた。

だけど、今、貴方が目の前に居て、私の頭をポンポンと撫でてくれて、泣けて。

それだけのことが、大きかった。



泣き止んだ時には、きっと、少しかもしれないけど、前を向けると思うの。