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それからも私は島宝に通い続けた。
時折早い時間帯に言っては、永四郎さんたちから話を聞いて。
夜に言っては凛さんたちから意見と真意を問う。
逆も多い。
この人たちの話は、いくら聞いてもあきなかった。
でも決して、中学の大会の話は聞けなかった。
凛さんの、というよりも、島宝全員のタブーだと気付いてからは、テニスの話も避けるようになった。
五月も半ば、ゴールデンウィークも終わってから、凛さんに言われた。
「やー、直近で木曜休みとかないんばぁ?」
「木曜、ですか?」
「おう!
裕次郎達も誘ってテニスしようとうむて。
どうさー?」
ニコニコと笑う顔に曇りはなくて、楽しむテニスをしようと思ってることが解った。
私は直ぐに頷いて、肯定を示す。
「是非!
ちょっと待ってください……」
そう言ってから、私は手帳を開く。
ペラペラとページをめくる内に、六月の始めに木曜についた休みの文字。
特に予定もないその日付を言えば、凛さんの笑顔は今以上に輝いた。
「じゃあ、うぬ日!
予定入れるんじゃないんどー!」
「凛さんこそ!」
凛さんのからかいに笑って返せば、やっぱり凛さんも笑った。
「えー、裕次郎達もゆたさんさー?」
「当たり前さー。
久し振りやくとぅ、素振りでもしとくかやー」
「やっさーやー」
裕次郎さんの言葉に、寛さんがくっくっと笑った。
「あ、皆さんわんと打つときや本気なしですからね!」
「えー」
「えーじゃないです!」
いくら十年近く前のことだからって、全国区プレイヤーと打ち合えるほど私は強くはない。
「かんなじ、やいびん!」
「わーったわーった」
宥めるように凛さんに頭をポンポンと叩かれて、私は言葉の勢いを失くした。
約束の日に向けて、私はラケットを実家に取りに行った。
母さんが結婚だの職場がどうだの五月蝿かったけど、夕飯食べてくから、と言ったら大人しくなった。
つまりは寂しかったという事なんだって気付けるくらいには大人になった。
お母さんの話を途中で切り上げて、昔使っていた部屋に入る。
今も泊まることが多いので、部屋は昔のままだ。
今となっては懐かしくて下らない小物が目立つけど、昔はどれも大切なものだった。
その中に当時相棒であったラケットを見つけて手に取る。
グリップは使ってた当時のままだからボロボロだ。
カバーを外せば、ガットもボロボロだった。
買い換えるのは勿体無いから、次の休みに張り替えて貰おうと決める。
ついでに、年相応のジャージも。
家にあるジャージはスポーツをする為にはちょっと着れない。
当面の楽しみが出来て、私は浮かれた足でお母さんの元へと戻った。
約束の日、島宝に向かえば、店の前に車が三台止めてあった。
「うきみそーちー!」
声を掛けると、今日は「めんそーれ」でなくて、「うきみそーちー」と返された。
どうやら車は永四郎さんと不知火さんのものらしく、目的地までは彼らの運転で行くようだ。
「そういえば、どこまで行くんですか?」
「新しく出来たスポーツセンターですよ。
もう予約もしてあります」
「流石永四郎さん…」
何も考えてないのがいるからね、と明らかに発案者である凛さんと裕次郎さんに視線を送った。
凛さんたちに気付く気配はなく、永四郎さんは溜め息を付いた。
その様子に笑みが零れる。
車には凛さんと浩一君と一緒に、寛さんの車に乗り込む。
車内はとてもきれいだった。
「ちゅーや永四郎と慧くんと知弥ぬ奥さんと、裕次郎ぬ彼女も来ちょるから、後で紹介すっさー」
「あ、そうなんですね」
女の人が自分一人でなくて安心しつつ、三人は結婚していたのかと驚いた。
そして車の数にも納得した。
「他ぬ皆さん、彼女いないんですか?」
「凛以外やいちょる」
どうやら独り身は凛さんだけらしい。
だから私を誘ってくれたのかと、嬉しくなった。
話しているとスポーツセンターまでの距離はとても近く、新しいだけあって建物も綺麗だ。
「わー、やっぱ大きいですね」
建物を見ながら呟くと、寛さんがそうだな、と笑った。
「ひな、紹介すっさぁ!」
裕次郎さんはそう言ってから、順に名前を言っていく。
残念ながら記憶力皆無の私には、現段階では「○○さんの奥さん」という印象しか残りそうになかった。
「わんや金城ひなやいびん。
ゆたしくうにげーさびら!」
「ゆたしくー」
ふわふわと笑う皆さんに、少し安心した。
「にしても、噂ぬ凛君ぬ“彼女”かなさん!」
裕次郎さんの彼女に言われて、私は目を見張った。
「あいっ!?
彼女!?」
「裕次郎んかいそう聞いたんやしが?」
「ゆっ…ゆーじろーさぁぁん!?」
裕次郎さんはにやにやと笑いながら、つい、と呟いた。
「凛さんに失礼やいびん。
私なんかが彼女じゃ…」
溜め息を付きながら呟くと、裕次郎さんは乾いた笑いを零した。
どうしたんだろ、と思うが、すぐに更衣室に行く流れとなったのでその理由は聞けずに終わった。