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「もう春かぁ…」

ある日、外を見て寛さんが呟いた。
確かに、随分と暖かくなってきて、観光客も増えた。
海開きを迎えたからだろう。

「皆さんで海とか、行くんですか?」

私が聞くと、寛さんは首を傾げる。

「昔やしょっちゅう行っちょったんやしが。
最近や、くぬ店出すたみんかい忙しかったからやぁ…」
「へぇ」
「やーや?
行かないんばぁ?」
「仕事で、送迎会と歓迎会という名ぬ飲み会やるくらいやいびん」

海には入らないが、海岸で飲み会は時折やる。
もし口煩い上司が近くにいたら。
そう考えるとあまりに憂鬱な飲み会だった。
でも、そういえばここ数年は純粋に海にはいっていない気がする。

「懐かしいやぁ」

学生の頃はまだ海に入って遊ぶこともあったなぁと思い出して私が呟くと、寛さんはにこりと笑った。
その笑顔につられて、私も笑った。






翌週、島宝に向かったら、凛さんが珍しく黙り込んでいた。
いつも行けば、にっこりと笑って迎えてくれるのに。
一体どうしたんだろう、と私まで黙り込んでしまう。

「なぁ、」

沈黙していた凛さんが、漸く口を開いた。

「うー?」
「次ぬ日曜日、暇?」
「日曜日、ですか?
えーっと…あ、暇やいびん」

手帳で予定を確認してから頷く。

「!ならよぅ、わんと出掛けねぇ?」
「凛さんと、ですか?」
「おう」

え、何この嬉しいお誘い。
でも私がこんな美人さんの横歩いて平気かな?
そんな大した顔してないんだけど。

そんな余計なことを考えたせいか、目の前の凛さんの表情が曇る。

「いっいや、嫌ならいいんさぁ。
唯、あんまり最近出かけてないなぁってうむて!」

その後凛さんはぼそぼそと呟いていた。

「嫌なんてくとぅねーらん!
…やいびん」

思わず反射で答えると、彼は一瞬目を見張った後、嬉しそうに笑う。
その笑顔にまんまとドキっとしてしまったのは私です、えぇ。

取り敢えず、帰ったらタンスから全ての洋服を出すことが決定した。






日曜までに何度も推考した洋服を身に付けて、私は家を出る。
緊張するのは、彼と別れて以来初めて男性とお出掛けするからであって、凛さんが好きとかそういうんじゃない。
ちがうよ。
だって私はあの人に感謝してるんだ。
こんなに早く立ち直れたのは凛さんのお陰だ。

あの人のお陰で私は今、笑えてる。

「うきみそーち」

約束の場所に向かうと、凛さんは既に居て、そこで私は漸く気付いた。
私は、今日初めて凛さんの私服を見たんだ。
シンプルな服なのに様になるってことは美人の証拠。

うわ、どうしよう。
やっぱりこの人、かっこいい。

一瞬飛びそうになった意識をすぐに正気に戻して、言葉を紡ぐ。

「うきみそーち。
待ちました?」
「いや、ちっとも」
「よかったー」

安心して笑うと、凛さんも笑った。

「やー、ひっちーと雰囲気あらんさぁ」
「あいっ、変ですか!?」

気になってしまって、髪や服を触って叫ぶ。
すると凛さんははにかんで口を開いた。

「あらんって!
えーと…、かなさん」

うわっ。
美人のはにかんだ顔、圧倒的美。
R18入るかも。

「は、反則…」

かっこよすぎる。



出掛けた先は、比較的最近できたモールだ。
私は今日来たのが初めて。
どうやら凛さんも初めてらしく、館内案内を二人で眺める。

「あ、くぬ店うちなー出店始めたぬか…」
「気になるとぅくるありました?」

聞いてみると、おう、と心持嬉しそうな表情だ。

「上から弾丸と行きたいとぅくる狙うぬどっちにします?」
「うりや当然、弾丸!」
「やっさーやー!」

わーい、と二人でエレベーターで最上階に向かった。

やっぱり洋服屋さんが多いこともあって、試着したり服を合わせながら店を見て回る。
春先と言うこともあって桜をイメージしたような服も多い。

思わず手に取ってみていると、凛さんが後ろから服を覗き込む。

「桜しちゅん?」
「でーじ!
春が来て、もう直ぐ夏ってうむえるあんに?
季節を感じるのがしちゅんやいびん」

沖縄では本土にあるようなソメイヨシノなどが見れないのがせつないところではあるが。

「はーや」
「凛さんや?」

振り向きながら問うと、凛さんはふわりと笑った。

「うちなーになかったからやぁ。
あまり興味なかったんやしが…。
ひなぬくとぅば聞いて興味でてきたさぁ」
「だぁや、よかったやいびん」

本土は確かにこの沖縄とはまるで違う気候だが、同じ日本なのだ。
そう言ってもらえると、関係ないけど私も嬉しい。

「いちか、まじゅんやまとぅ見に行くか?」

まだ友達とも言えないけれど、凛さんに言われて、それも楽しそう、と笑った。



その後、私達は凛さんの出勤時間まで下らないことを話しながら店内を冷かしていた。
実はあまり話したことがなかったことに気付いて、話題は中々尽きなかった。

「あいっ、凛さん達、テニス部の仲間なんですか?」
「おー。
あびらんかった?」
「中学時代のどぅしとしか…」

あー、と曖昧に笑う凛さん。

「中学ぬテニス部で、全国まで行った時のどぅしさぁ」
「はーや、全国!?
凄い!」

曖昧な笑顔が苦笑に変わった。
嫌な思い出があるんだろうか。
さすがにそんなことを聞ける仲ではないので、私は話を逸らそうと両手をぽんと合わせた。

「あ、わんも、中高はテニス部だったんですよ」
「じゆんに?」
「うー。
弱小ですけど」
「はーや!
じゃ、今度テニスしに行ちゅんどー」
「うー、是非!」

凛さんと次の約束が出来て、凄く嬉しかった。
そのあとは一緒に島宝まで行って、私は夕飯を食べた。



帰ろうと思ったとき凛さんに声を掛けられた。

外に出て、誰にも見られてないか、店内を見て確認する。
裕次郎さんと目が合ったようで、ちくしょー、裕次郎の奴、なんていう呟きが聞こえたが、彼は気を取り直して私と向き合った。

「あぬ、じちぇーモールにいるとき聞こうとうむってたんやしが…。
アドレス、教えてくんね?」
「アドレス?
わんぬですか?」

つい聞き返すと、凛さんは頷く。
いいですよ、と言って携帯を出すと、凛さんは嬉しそうに笑って、携帯を出した。
その携帯を見て、私はあ、と呟いた。
凛さんは一瞬どうしたのかと思ったようだったけど、すぐに気付いたようだった。

「偶然やっし」
「じゅんに」

お互いの手にある、同じ機種の、色違いの携帯。
そんな些細なことに嬉しくなる。

番号を交換してから、凛さんはにっと笑う。

「後でメールすっさぁ」
「待ってます」

そう言って、今度こそ私は帰路に付いた。

三十分もしてから、凛さんからのメールが届いた。

「教えてくれてにふぇー
くりからもゆたしくな」

それだけの文章が嬉しかった。