12
その日、休みの日だったこともあって、私は部屋から出なかった。
部屋にあるアルバムを開いて、懐かしむ。
もう見ることも叶わないと思っていた友人の顔に、両親の顔。
見ているだけで、自然と涙が溢れてくる。
「ひなー?
体調悪いの?」
いつまでも部屋から出ないことを、変に思ったんだろう。
お母さんがドアをノックしながら問う。
「……おかあ、さん」
「ひな?」
「……うぅん、元気。
元気、だよ」
決壊する、涙。
きぃ、と控えめな音を立てて、扉が開く。
「何か、あった?」
懐かしいお母さんの声。
私は首を振って否定する。
「何も、ない」
「本当に?」
「ほんとだよ」
私の開いていたアルバムを見て、お母さんは懐かしそうに呟いた。
「あら、この写真…」
お母さんが手に取ったのは、お母さんと二人で写っている写真だ。
私はまだ幼い。
「覚えてる?
このとき、あんたちっとも母さんのこと離してくれなくて…。
トイレにも行けなくてすっごく困ったのよねー」
「覚えてないよ…、そんな小さいときのこと」
「じゃあこっちは?
あんたが迷子になったときの写真。
泣いてるのが可愛くて見つけたとき真っ先に写真撮っちゃった」
「撮る前に迎えに来てよ…」
迷子になったときのことを覚えてた訳じゃないけど。
思わず呟くと、お母さんは笑いながら私の頭に手を乗せた。
「ごめんねー」
でも、本当に可愛かったのよ、なんて。
もう、なんのフォローか解らない。
でも。
どうしようね。
私、たった今、気付いちゃった。
お母さんと同じように、私の頭を撫でてくれた、たった一人の男の子。
私、凛君が好きだ。
その後、お母さんは写真を何枚か見ながら話してから、部屋を出て行った。
どうすれば、いいんだろう。
なんでこんなタイミングで気付いちゃったの?
もうどうしようもないくらい、大きくなっていたこの想い。
この二ヶ月。
ここぞというときにいつも傍にいてくれて。
二度もひったくりに合ったときに助けてくれた。
かっこよくて、でも可愛くて。
頼りになるけど、幼い。
プレゼントを送ると嬉しそうに笑ってくれて、感情のままに表情が変わる。
そんな凛君が。
私は、もう、本当に。
大好きだ。
ふと、愼の言葉を思い出す。
本命じゃなくていいの、っていう、バレンタインの時の言葉。
愼は、気付いてたんだ。
私よりも先に。
私が、凛君に惹かれてるって。
「参ったなぁ」
敵わないよ。
本当に優しくて。
私のこと、見ていてくれて。
そんな大切な、私の友達。
簡単に捨てる事なんて出来ないくらい。
たった二ヶ月で、向こうの世界は大切な場所になっていた。
「…どうすればいいの」
もう、どうしようもない。
どれだけが時間が経っても、決められる訳ない。
これなら、始めからチャンスなんていらなかった。
そう思うのは、いけないことでしょうか。
三日が経った。
当然ながら決まりそうにない人生の選択に、自然と溜め息が出る。
今日は例の比嘉好きの友人の家に遊びに来ていた。
「ひなっ、見てみてー!
新しい比嘉グッズ!」
はーとが出る勢いの言葉に、出来る限り昔のように溜め息を吐く。
「あんたは、どんだけ好きなの?」
そう言いながら、昔よりずっと真剣に見てしまうのは、仕方がないことだ。
でも、友人が見せたのはウチの校章のグッズで、凛君の姿は見つからなかった。
そもそも、彼がテニスの王子様に出てるのかも解らないのに。
……っていうか、出てるわけないか。
凛君がやってるのは、テニスじゃなくて琉球武術なんだから。
私は自分の思考に溜め息を吐いてから、自分の携帯に視線を移した。
この携帯の中には、向こうでしたメールが残ってる。
主に愼と。
クラスの友達と。
そして、凛君と繰り広げたメールを、この数日でだいぶ読み返していた。
「そういえばさー、この曲聴いてよー」
そう言って友人が取り出したのは、テニスの王子様のキャラクターソングのCDだ。
珍しいことに、比嘉中じゃない。
「それって、青学のキャラだっけ。
比嘉じゃないなんて珍しいね」
「まぁね!
でもお目当ては不二先輩とデュエットしてる平古場だからさ」
え。
なんて、言った?
「へ、ぇ…?」
「凄くいい曲なんだよー」
ねぇ。
今、平古場って言った?
ねぇ、もしかして。
凛君、なの?
そう思って、友人の動作を凝視していたけれど。
流れてきた曲は、声は、知っている声だった。
曲が終わったとき。
私は涙をこらえるのに必死だった。
「どう?」
珍しく私が大人しく聞いていたのが嬉しいのか、笑顔の友人。
私は、これまた必死に笑顔を作った。
「うん、いい曲じゃん?」
凛君はダンスミュージックが好きだから、少し好みからは外れるかもしれないけど。
きっとこういう曲も凛君に似合う。
そう思える曲だった。
「だよね!
普通にいい曲ーっ!」
はしゃぐ友人の隣で、潰れそうな胸を抑える。
だめだ。
もう、本当に。
だめだ。
好き、な気持ちが、抑えられない。
凛君。
貴方に会いたい。
友人の家からの帰り道。
私は、家の外でメールを打った。
“向こうの世界で
生きていく”
あとは送信を押すだけ。
それで、私はこの世界から永久にいなくなる。
家に入ったら、押せなくなるのは解ってる。
だから、入ることはしなかった。
家の外から、家族の顔を思い出す。
ごめんね。
育ってきたこの環境に、文句はない。
でも。
それでも私は、向こうを選ぶ。
大好きなあの子と結ばれることはなくても。
あの子の傍に居たいから。
「今まで、ありがとう」
大好きだよ。
「さようなら」
私は、メールを送信した。
完了の画面が出てから、意識はブラックアウトした。