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そんな赤井の生存が判明して少ししたころ。
組織の人間が潜入し、NOCリストを盗まれるという騒ぎが起きた。
恐らく相手はNo.2のお気に入りキュラソー。

騒ぎの翌日、警察病院に保護された人物がキュラソーだと判明した後、風見に手を回させ公安でその身柄を引き受けることにした。
車を降りると、目の前からベルモットが歩いてきた。
場所が悪すぎる。
舌打ちしたい気持ちを抑えて、僕はバーボンの表情を張り付けた。

「バーボン。
なぜあなたがここに?」
「もちろん、あの人を連れ戻すためです」

顔を見られた挙句にNOCリストを奪われている。
確実に仕留めなければ、危険なのはこちらだ。
それは分かっているが、ベルモットが目の前にいる状態で踏み込みすぎることもできない。
否、場合によっては既に気付かれているのかもしれない。
そんな綱渡りだ。

ベルモットは口元に笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

「てっきり記憶が戻る前に、あの人の口を塞ぎにきたのかと」
「なぜ僕がそんなことを?
言っている意味がよくわかりませんねぇ」

否。
もし、僕が既にNOCだとバレているのなら。
こうした会話が発生するだろうか。

考えろ。
思考を止めるな。

そんなことを思いながら、表面上はバーボン、彼女の仲間として話を進める。

「じゃあどうやって接触するつもり?
あの人は厳重な警備のもと面会謝絶よ?
それともあなたならあの人に簡単に会えるのかしら。
例えば、警察に特別なコネクションでも」

“例えば”。
ならば。
もしや、決定的にバレているわけではないのか。

「さっきから何の話をしているんですか?」
「まぁいいわ」

はぐらかそうとしてみると、チラリと手に掛けた上着に隠れていた銃の存在を知らしめる。
さすがにこの距離で銃口を向けられてはどうしようもない。

「立ち話もなんだし、場所を変えましょう」
「それが組織の命令だと言うのなら仕方ありませんね」

確定だ。
まだNOCであることは完璧にバレたわけではない。

酷く細い綱渡りのように感じたが、これを渡らなければ明日の朝日は拝めないのだ。
僕はベルモットに気付かれないように深呼吸をした。



人目に付かない倉庫に辿り着くと、そこにはジンとウォッカ、そしてスティル、キールがいた。
殺されていないということは、キールもまたNOCと確定しているわけではないということだ。
少なからず安心するが、逆に言えば何名かは今日、この時までに既に消されたのだろう。

やらかしたことに自らに対して怒りが沸くが、それを表に出すわけにもいかない。
柱にくくり付けられた両腕はすぐには外れないだろうが、逃げる準備は進めなくては。

ベルモットから離れた位置に陣取るスティルの表情は暗いが、「楽で稼げる仕事」はもしかしたら誰かに取られたのかもしれない、と思い彼女から視線を外した。

「我々にNOCの疑いがかかっているようですね」

そう聞くと、ジンがいつものもったいぶった話し方で肯定する。

「キュラソーが伝えてきたNOCリストにお前たちの名前があったそうだ」

途中ライトが点いて目が眩むが、正面を見据える。
この好きに殺そうとされたわけではないことに少し安心しつつ、目を鳴らした。

「キュラソー…。
ラムの腹心か」
「えぇ、情報収集のスペシャリストよ」
「知っているようね」

先ほど病院の前でそのキュラソーの話をしていたのに、いけしゃあしゃあと。
そうは思うが口にはしない。
今口にしたところで悪手にしかならないだろう。

「…外見の特長は左右で目の色が違うオッドアイ」
「組織じゃ有名な話よ」
「昔のよしみだ。
素直に吐けば苦しまずに逝かせてやるよ」

ウォッカの言葉に、僕は鼻で笑った。

「僕たちを暗殺せず拉致したのは、そのキュラソーとやらの情報が完璧ではなかったから。
違いますか?」

推理をしてみせれば流石だな、とジンが笑う。
お前に褒められたところでちっとも嬉しくない。

が、まだ駄目だ。
ジンの様子から、決して僕たちを監視等するために縛り付けているわけではないだろう。

「NOCリストを盗んだまでは良かったけど、警察に見つかり逃げる途中で事故を起こした」
「挙句記憶喪失ときたもんだ」
「じゃあ、キュラソーを奪還してNOCリストを手に入れるべきじゃないの、ジン!
我々が本当にNOCか、それを確認してからでも遅くないはずよ」
「確かにな。
だが」

ジンは立ちながら片手を軽く振る。
それを見たスティルが銃口を僕とキールに向けた。
その口元には、いつもの笑みを称えて。
その目元には、いつものように感情はない。

ベルモットとウォッカがジンの名前を呼ぶが、そんなことで止まるジンではない。

「疑わしきは罰する。
それが俺のやり方だ。
さぁ」

ジンは加えていたたばこを足元に落としてにやりと笑う。

「裏切り者の裁きの時間だ」

煙草を踏みつけると同時に、スティルの人差し指が引き金を引いた。

聞きなれた発砲の音が聞こえて、体勢を崩したのはキールだ。
肩を撃たれたようでジャケットに血が滲む。

「キール!」

呻き声が聞こえるから急所は外れたようだ。
問題は失血死などに繋がらないかどうか。

「ほらどうしたキール。
続けろよ。
手錠を外してぇんだろ」
「まだ容疑者の段階で仲間を!」

楽しそうに笑うジンを睨んで叫ぶが、そんなことを気にする男ではないことは百も承知だ。

「仲間かどうかを断ずるのはお前らではない。
最後に一分だけ猶予をやる。
先に相手を撃った方にだけ拝ませてやろう。
ネズミのくたばる様をな」

スティルはスライドを引いて再び銃口を僕たちに向ける。

「ウォッカ、カウントしろ」
「了解。
六十秒」

ジンの言葉に頷いてウォッカが時計を見ながらカウントダウンを始める。

「そんな脅しに乗るもんですか」
「もし彼女をノックと言ったら、自分をノックと認めたことになる。
そんなやつをアンタが見逃すはずがない」
「五十秒」

鼻で笑うジンは心底楽しそうに口元に弧を描いた。
僕らが慌てて反応するのが楽しいのだろう。
趣味が悪い。

「そいつはどうかな
俺は意外と優しいんだぜ。
キール」
「四十秒」

どの口が。
僕とキールの考えは同じだろう。
思わず口を噤むと、またジンが呟く。

「仲良く互いを庇い合ってるという訳か」
「庇うも何も、僕は彼女がノックかどうかなんて知りませんよ」
「私だって」
「三十秒」
「でもこれだけは言える。
私はノックじゃない」
「それはこっちの台詞だ」
「さぁ、ネズミはどっちだ」

カウントダウンは二十秒に差し掛かった。

「ジン、まさか本気で
「先に鳴くのはどっちだ」

十秒前。

「さて、バーボンか、キールか…。
まずは貴様だ」

スティルの持つ拳銃の銃口が…僕に向いた。

「バーボン」

ゼロと同時に呟かれた僕の名前に、やっと外れた手錠から手を抜いた。
瞬間だった、頭上からライトが落ちてきて、ジンの足元に残骸が広がる。
同時に停電が発生したのを利用して僕は姿を隠した。
本来なら建物から出たかったが、流石にその余裕はない。

「なんだ。どうした!」
「ライトが…!」
「キール、バーボン。
動くな」

動くなと言われて動かないやつがいるか。
そんなことを思っていると、ベルモットがスマホの画面を点灯させてキールがいる場所を照らす。


「バ、バーボンが居ない。
逃げたわ」
「くそ、どうやって」

まずいな、流石にこの段階でバレてしまえば逃げる手立ては絶たれた。
すぐに出入口は見張りが立つだろう。
どうしたものか。
考えを巡らせようとしたのを遮るように、大きな音を立てて扉が開かれた。
ベルモットの持つライトだけの倉庫内に明かりが差し込んだ。

「追え」

ジンの一言で、ウォッカとベルモット、スティルが走り出した。
その矢先だった。
ベルモットの持っていたスマホに着信があったようで、足音がひとつ止まった。

薄暗いこの倉庫内の照明を恐らく撃ち落とした狙撃手。
あぁ、嫌だ。
その相手がわかってしまう自分が腹立たしい。

キールを殺そうとしていたジンを制止したベルモットは、ラムからの命令があったことを告げる。
僕たちの殺害夜入りも先にキュラソーの奪還。
風見は動いたか。
ジンのスマホに着信があったが、相手の声は流石に聞こえない。
聞こえる会話からは判断が付かなかった。

「アニキ。
駄目です逃げられました」

扉を開けた、恐らくあの男はその長いコンパスを最大限に生かしたようだ。
舌打ちしたいのをこらえる。

東都水族館へと向かったそれぞれの足音が完全に聞こえなくなってから、立ち上がろうとしたその時だった。
はぁ、とため息を零した女が居た。

スティルだ。
パシュ、とサイレンサーを付けた銃声と金属が壊れた音がした。

何事かと思っていると、何も言わずにスティルは倉庫を出たようだ。

そのスティルの後に、キールが立ち上がるのが聞こえる。
あの男を覗いたFBIの声を順に聞こえてきて、壊れた金属の音が手錠を壊したものだと理解した。

このタイミングで、スティルがキールを助けた理由がわからない。
ネズミではないと判断したから?
だが、ジンに指示されて撃った時は何の躊躇いもなかった。

彼女は、何を見て、何を考えて生きているのか。
一層彼女がわからなくなった瞬間だった。



現場がギリギリ見えるところから警察や消防の様子を伺っていると、背後に風見が立っていた。
よくわかったものだ。
今は直接連絡が取れる機器も持っていないのに。

「降谷さん」
「なんだ」
「観覧車の傍で女を二人保護しています」

その第一声は、現場を離れてまでわざわざ、今僕に上げる報告とも思えない。
そして風見はそんな意味の無いことをする人間ではない。
続きを促すと風見は、は、と答えてから続きを口にした。

「一人は今回の件で引き金となった黒の組織の女です」

キュラソーだろう。
保護ということは生きている。
この後余程のポカをして逃がしさえしなければ、相当な情報が取れる筈だ。

「もうひとりは、私は初めて見る顔なのですが…。
黒一色のワンピースを来た女です。
組織の女の傍で倒れていました」

キュラソーに対して捕獲でも確保でも拘束でもなく、保護と言う言葉を使ったのは、知らない女を同時に保護したからだろう。

黒一色のワンピース。
今日スティルが着ていたのは、まさにその特徴の服ではなかったか。

「写真は」

そう聞くと風見はスマホの画面を僕に向けた。
そこに映っていたのは予想通り、スティルだった。

このまま日本警察で身柄を拘束するか悩んだが、あの日、車を降りて歩いていく背中を思い出して僕はバーボンとして彼女を保護することにした。
彼女を保護すれば、バーボンとしての立場も僅かだが信用を取り戻せるだろう。

案の定逃げたことに対するお咎めはなかったが、暫くの盗聴器と何かあった時はスティルに始末されることを前提に、スティルの世話と護衛を命じられることになったのだった。