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二人並んで、堤防に座る。
顔は結局真っ赤なままで、さんざん平古場先輩にからかわれた。
そんな騒ぎも一段落して、今は落ち着いている。
ざぁ、と波の寄せる音に心地好さを感じた。
あぁ、そういえば、この海…
「あんさ」
ふと記憶を過去に返そうと思ったところで、平古場先輩の声が空気を揺さぶった。
「はい?」
「さっきぬ電話って…」
「あ、立海の同級生です。
テニス部の……」
私が頷くと、平古場先輩は曖昧に頷く。
「あぁ、うん。
だぁや、聞いてて解ったさぁ」
「あ、そうでしたか…」
聞こえてたか、なんて、ちょっと気まずい。
相手が赤也、だったから。
……立海のレギュラー、だったから。
「うん、でな……」
その後に暫く口ごもった平古場先輩は、いきなりぐあーっと叫び声をあげて、髪を両手でぐしゃぐしゃにしてしまった。
「え、え?」
訳も解らず平古場先輩の様子を見ていると、平古場先輩はもういいっと吐き捨てる。
「えー、あぬ電話で、言ってたあんにー?」
何をだ。
電話で話したことに思いを巡らすと、平古場先輩はだぁーっと叫んだ。
「やくとぅ、“皆すっごく強いから”って!
“覚悟してろ”って!!」
「あぁ、はい。
言いましたね」
そういえば、と思い出す。
あれ、もしかして言っちゃまずかったかな。
ヤバかった?
私また、平古場先輩の逆鱗に触れたのだろうか。
「だぁが!
それがっ、すっげぇ嬉しかったんばぁよ!」
顔を真っ赤にさせていう平古場先輩に、私は目を見張った。
真っ赤にして視線を泳がす平古場先輩。
私の耳にはもう波の音なんか入らなくて、心臓の音が凄くて、胸がきゅーってなって、とにかくやばい。
ほんとやばい。
平古場先輩がこんなに可愛くてかっこよくて愛しく思える日が来るなんて思わなかった。
「平古場先輩」
「ぬーがや?」
「私、沖縄に越してきて、一番始めに海に来たんです。
偶々家の傍にあった、綺麗な海」
私が説明しだすと、平古場先輩は黙って聞いてくれる。
「それで、その海に着いたら、一人のおっさんが沖縄方言で怒鳴り散らしてて、周りには学生と思われる集団が居たんです」
「だぁって……」
平古場先輩にも思い当たる節が有るのだろう。
ポツリと呟いていた。
でも、それを遮って私は続ける。
「こわっ、何この人!
絶対近寄りたくない、近寄ってたまるか!
って思ってたんですよ」
あはは、と渇いた笑みを溢す平古場先輩に、私はクスクスと笑った。
そう、絶対、あんな恐ろしい人の傍に寄るもんかって半泣きで思った。
でも、
「なんかもう、今となってはその集団の一人になりましたけど、」
綺麗な空気を胸一杯に詰め込んで、私は今日一番の笑みを浮かべる。
「少しも後悔してません!」
後悔なんて、出来る筈がなかった。
恐かったあのおっさん……もとい晴美ちゃんも、今では結構仲良しだったりするし。
晴美ちゃんは話すと普通のおっさんだった。
部活の時は恐いし、顔も極悪人だけど、いい人。
そして、木手先輩たちも、すぐに仲良くなれた。
ずっと私に敵対心を抱いていた平古場先輩とも、こうして仲良くなった。
「充実してて、楽しい素敵な毎日にひたすら感謝です」
感謝する以外に、私はこの思いの整理の仕方が解らない。
言い終わってすっきりした。
今日は良い夢が見れそう、なんて思ってたら、平古場先輩が口を開く。
「金城」
「はい?」
「………方言なんやしが、“どぅし”って知っちょる?」
「どぅし?」
こて、と首を傾けて、知らない事を主張する。
「仲間って意味なんばぁよ」
「なかま……」
反復した私の頭にぽふ、と平古場先輩は手を乗せる。
「そ。
やーと、立海ぬ奴らやどぅしあんに?」
「……えぇ。
戦う場所は違くても、仲間で在りたいです」
「きっと、千代どぅしさぁ」
「ちよ…?」
平古場先輩の呟きに問うと、笑って、言葉の意味を教えてくれる。
「永遠って意味さぁ。
だから、やーと、立海ぬ奴らや、永遠に仲間なんだろうって」
「…だと、嬉しいなぁ」
心の中で、永遠に仲間、と呟く。
あぁ、なんて素晴らしい響きなんだろう。
仲間、仲間。
「平古場先輩は、皆さんと千代どぅし、ですよね」
「ん?
まぁ、きっと、な」
当たり前に笑う平古場先輩。
それくらいに、彼らの絆は厚いのだ。
「いいなぁ」
呟いたつもりはなくて、心の中で、羨んだつもりだった。
「え?」
だから、なんで平古場先輩が目を丸くしたのかも解らなくて、私はこて、と首を傾げた。
「……ひな」
平古場先輩から聞こえた名前は、いつもの苗字じゃなくて、私の名前で。
なんで、平古場先輩の口から出たってだけで私の名前がこんなに特別に聞こえるんだろう?
「平古場先輩?」
「ひなも、どぅしあんに?」
「え?」
平古場先輩の言った言葉に頭が着いていかなくて、私はつい聞き返した。
「やくとぅ、ひなも、わったーぬどぅしやさ。
千代どぅし。
やさ?」
なんの屈託もなく、笑顔の平古場先輩を見てたら、不意に涙が零れた。
「えぇ!?
わん、ぬーがしたか?
どっか痛いんばぁ?
えー、ひな!」
慌てて立ち上がる平古場先輩の制服の裾を掴んで、私は首を横に思いっきり振った。
「違います、あの、嬉しくて……」
「あぃっ?」
「私、いつになったら皆と同じ場所に立てるだろうってずっと思ってて……。
だから、平古場先輩が仲間って……、どぅしって言ってくれて、嬉しくて、涙が…」
目尻に残る涙を拭って、立ち上がる。
平古場先輩の横に立って、今度は笑う。
「平古場先輩。
わったーや、千代どぅしやいびん」
平古場先輩は、びっくりしてたけど、どこか嬉しそうで、私も嬉しくなった。
頭を撫でられる。
その手が凄く気持ちよくて、私は頬が緩みっぱなしだ。
「なま、ひな」
「はい、なんですか?」
名前を何度も呼ばれて、私は聞き返す。
「…、いや、なんでもないさぁ」
帰ろうぜ、そう言った平古場先輩の後に、私は大きな声で返事をして、着いていった。
平古場先輩。
大会が終わったら、落ち着いたら。
この心の奥に芽生えた気持ちを告げてもいいですか。
きっと、夏が終わる頃にはもっと大きくなってます。
もう、自分の力じゃ止められないと思います。
だから、夏が終わる頃に、想いを告げさせてください。
その時が来るまで、どぅしで居てくれますか。
居てくれますよね。
だって、私たちは千代どぅしなんだから。