翼さんは、食べる事が好きだ。

体格の通り、本当に良く食べる。その見事なまでの食べっぷりに付き合い始めた頃は驚かされたものだが、今は慣れたものだ。なにより美味しい美味しいとぱくぱく食べてもらえることは悪い気がしない。
私自身、1人暮らしで自炊をしているので人並み程度には料理ができると自負しているが、いつも楽しそうに食べてもらえると作りがいがあるし、もっと美味しいものを作ってあげたいと思える。我ながら割とちょろいものだ。


だから、彼がオフの日は一緒に買い物に行って、食べたい料理を作ってあげるのが日課となっている。





外で買い物をする時は、誰が聞いているか分からない。なので、私は極力彼の名前を呼ばないことと、翼さんは眼鏡と帽子で変装をするのが決まりごとだ。

「今日の夕飯は何が食べたいですか?」
「俺はつむぎさんの料理だったら、なーんでも嬉しいですよー。」
「…それ、すごく嬉しいんですけど、1番悩むんですよ。分かって言ってます?」


にこにこ笑っている翼さんに軽くため息をつきながら買い物カゴを持とうとしたら、力仕事は俺の仕事ですからと取られた。ならば、かごはお任せしよう。


「あ、だったら僕、ロールキャベツが食べたいです。」
「…ロールキャベツですか?」

翼さんが、かごを持ったまま器用に手をポンと叩く。ふむ、ロールキャベツか。この時期はまだ冬のキャベツが出回っているだろう。春キャベツと違って、肉厚だし煮るのにも向いているから、丁度いいかもしれない。
そして何より、彼が食べたがっているのだから、

「いいですよ、ロールキャベツ作りましょう。」
「ほんとですか!やったぁ!早速良いキャベツ選ばないと!」

言うなり、私の手をぐいと引っ張ると嬉しそうに野菜売り場へ向かっていく翼さん。毎度毎度駆けていく大型犬に引っ張られている感覚になるのだが…ダメだ、翼さんが可愛すぎて頬が緩んでしまう。


「あれ、どうかしました?なんだか嬉しそうですね?」
「え、あー…、楽しそうだなって。」
「だって、つむぎさんの作ってくれるロールキャベツですよ。楽しみになって当たり前じゃないですか。1秒でも、俺は早く食べたいです。」

なんて、眼鏡越しに笑っていうものだから思わず赤くなる。翼さんは、こういうところをストレートに言ってくるから、とても、心臓に、悪い。

「つむぎさん、真っ赤。」
「……早く、キャベツ選んでください。」


照れ隠しがわりに軽く背中を叩く。痛いですよなんて翼さんは言ってるけど、絶対痛くないに決まってる。


「えーと、キャベツは重いのが良いんですよね…。」

と言いながらキャベツを手にとって見比べるその目は、さっきまでの感じは何処へやら、真剣そのものだ。…ちょっと格好良い。そんな真剣な表情で選ばれたら、こっちも気合を入れて作るしかないなと内心頷いた。





「そういえば、ロールキャベツ何味がいいですか?」

お墨付きとなったキャベツをかごに入れる翼さんに声をかけると、きょとんとした顔で首を傾げられた。

「何味って…、つむぎさん、そんなに色々できるんですか?」
「はい。オーソドックスにいけばコンソメですけど、例えばトマトソースで煮たり、ホワイトソースでもいいですし。あ、なんなら小さめに作ってシチューで煮るとかカレー風味…とか…。」

気がついたら、目を輝かせた翼さんの顔がすぐそこにあった。しまった、この顔はまずいぞ。

「…あの、もしかしてとは思いますけど、」
「全部食べたいです。」


食い気味に言われた。


「全部、」
「だめ、ですか?」

…最初に、色々なバリエーションを提示したのは私だ。そもそも食べるの大好き翼さんにそんなに選択肢を与えたら、そんなの、全部食べたいっていうに決まってる。
そんなしょんぼり顔を、しないで欲しい。


「…翼さん。今回、1番食べたいのは何味ですか?」
「……今回?」
「次に作る時は、違う味で、作りますから。」

約束します。そう小声で言いながら、私は小指を差し出す。
翼さんはというと、ぱちっと瞬きすると、背後に花が咲きそうな勢いの笑顔が溢れてきた。


「絶対、絶対ですよ。」
「勿論です。」
「じゃあ、今日はコンソメ煮とホワイトソースかけたいです!」
「あれさらっとふたつ言いましたね?」
「…えへへ。」


小指を絡ませ指切りしながら、いたずらがバレた子供のように笑う翼さんの目は、期待で満ち満ちた目をしていた。…まあ、そのくらいのワガママは、多めに見ても、良いか。


「俺、つむぎさんのそういうところ好きですよ。」
「…どうしたんですか。いきなり。」
「なんだかんだ言って、俺のワガママ聞いてくれるところ。」
「…あー、もう、…お肉買って早く帰りますよ。」
「あれ、なんかつむぎさん照れてます?」
「……うーるーさーい。早く食べたいんじゃなかったんですか。」
「あっ、食べたいです!!」


早く行きましょうと急かされるように腕を引かれて連れて行かれる。

それに嫌がらずついていく辺り、私は翼さんにつくづく甘い。そう思う。
でも、こうやって近くで翼さんの表情がくるくると変わって行くところを見ているのは、やっぱり私だけの特権だ。

それをいっぱい見れるのであれば、

…ああ、そうじゃないな。


私は、翼さんにいっぱい笑っていて欲しいんだ。


きっと今夜は、ほくほくと湯気のたつロールキャベツの向こうに、嬉しそうな笑顔が見れるのだろう。そう思うと、ついていく足も、鼓動も、ついつい浮かれ調子になっていく。


さあ、早く迎えに行こう。最高の笑顔を。

そう思うと、翼さんの手をぎゅっと握り返すのだった。



(貴方の『ご馳走様でした』の笑顔を、私はずっと見ていたい。)