真夜中、ふと目が醒めた。 外はまだ暗く、起きて活動するには些か早すぎる時間のようだ。 …まだ寝れる。そう感じた私は、ふわふわした夢ごごちで身じろぎをする。 どうやら、帰ってきてそのまま寝てしまったようで、少しだけはだけたブラウスが目に入る。昨日は確か、仕事終わりに北斗くんの行きつけのバーで美味しいお酒を飲ませていただいた。…ような、気がする。いまいち思い出せない。 もしかして、北斗くんが帰り送ってくれたのだろうか。だとしたら、何か迷惑をかけてしまっているかもしれない。いや、送って貰っている時点でお手は煩わせているのだが。 …明日、事務所に行ったらお礼を言おう。そう考えながら寝返りをうつ。その瞬間、視界に見慣れた明るい髪が飛び込んできた。 「っ、?!」 とっさに口元を抑えたことで、思いきり叫ばなかった私を褒めて欲しい。 目の前に北斗くんが眠っていた。しかも上半身裸である。何故脱いでいる。 さっきまでの眠気が吹っ飛んでいき、がばりと飛び起きる。脳内が一気にぐるぐるとパニックを起こしていた。 「っ、なん…なんで…。」 一体、何がどうなって、私と北斗くんが同じベッドで寝ているというのか。 というか、此処はどこだ。辺りを見回すも、私の知っている部屋ではなかった。 ……まさか、まさかと思うが、自分達のこの格好から、一線を越えたのでは、 「手、出してませんよ。」 不意に声が聞こえたものだから、小さく悲鳴をあげてしまった。 そんな私の様子に、くすくす笑いながら北斗くんが目を開ける。 「よく眠れましたか?つむぎさん。」 「あ、えっと…。おはよう、ございます…?」 何故か挨拶し返した私を見て、北斗くんは一瞬きょとんとした表情になったものの、苦笑しながらゆるりとした動作で身を起こした。 「すみませんね。シャワー浴びたのでシャツ着るつもりだったんですが、つむぎさんがあまりにも気持ち良さそうに眠っていたので、それを眺めていたうちに眠ってたみたいで。」 今着ますね。そういうと北斗くんはベッドを降りて、クローゼットからTシャツを取り出して着てくれた。 「…ここ、何処ですか?」 「俺の家ですよ。つむぎさん、お店にいる時点でうとうとされてたので送ろうとしたら完全に寝ちゃって。なので僭越ながらお連れしました。」 北斗くんの、家。建物自体には迎えなどで来たことはあったが、部屋の中に入ったのは初めてだった。 室内の家具も調度品も、なんというか、彼らしいという言葉がぴったりな洗練されたものが揃っており、…当たり前なのだが、空気感も自分の部屋とは全然違う。 さっきまで寝転がっていたベッドを軽く撫でる。質のいいシーツを敷いているのだろう、さらりとした感触が手に触れた。 「…そうだ、寝てて苦しくなかったですか?勝手にブラウスのボタン、いくつか外させて貰いましたけど。」 ぎしりとベッドの軋む音がする。視線を上げると北斗くんが腰掛けていた。 「……あ、少しはだけていたのって、そういう。」 「はい、…俺が手を出していないって信じてもらえましたか?」 自分の姿を改めて見直してから顔を上げると、お手上げのようなポーズを取りながら笑う北斗くんが視界に入った。それがなんだか面白くてつられる様に笑ってしまった。 「…そうやって笑えてもらえるなら、信じて頂けたってことで良いですか?」 「うん、ありがとう。…お手数をおかけしました。」 ぺこりと頭を下げると、気にしないでくださいとペットボトルを差し出された。…なんか、本当に至れり尽くせりで、彼の方がひとつ下なのに、歳上なんじゃないかって思ってしまう。 「そんな、頭なんて下げないでください。…俺としては、普段見れないつむぎさんが見れて役得でしたけど。」 「ほ、北斗くんさらっと役得とかいうけど、恥ずかしいのですが…!」 受け取ったペットボトルの水を喉に流し込みながら、いじわるなんだからと呟く。 なんというか、お店で寝こけてしまったという事実と、それを北斗くんに見られてしまったということが、私としては、凄く、恥ずかしかった。 …あれ、なんでそう思うんだろう。…別に、事務所で寝てしまうこともあるし、それを見られてしまうのと同じじゃないか。同じ、…そう、同じなはず。 「…いじわる?俺としては、そんなつもりは全くないんですけど。」 それとも、 そう良いながら、とんと肩を押される。 「俺に、"何かされてて欲しかった"とか。」 ねえ、そう言いたいんですか? 北斗くんが私を押し倒し、見下ろしている。その瞳の奥に、炎がちらり揺れて見える気がして、目をそらしたかった。駄目だ、あの炎は、いけない。そう思ったのに、じりじりと魅入られていく。 「っ、北斗、くん。」 「……つむぎさん、俺は、貴女が思っている以上に、貴女が好きですよ。」 口角を上げてにこりと微笑んでいる北斗くんは、とても煽情的だった。だけど瞳だけは、あの炎を湛えたまま、私を内側から焦がし続けた。 「今日だって、貴女を連れて帰れてどれだけ嬉しかった事か。…細かく、教えてあげましょうか?」 そう言いながら、私の頬をつうっと指先で撫であげると、感触を楽しむように手のひらで頬を覆って来る。 その微妙にくすぐったい感触に、ぴくりと身体を震わせながら少し目を伏せる。 「……つむぎさん。既成事実、作っちゃいましょうか。そうすれば、他のアイドルと仕事出来なくなっちゃいますよね。」 どきりとしてまぶたを上げると、濡れた瞳と視線が交わる。 相変わらず炎は揺らめいていたけれど、少しだけ、苦しそうにみえた。 …ああそうか。ここにいる伊集院北斗は、アイドルではなく、たった1人の男なのだ。 私を――逢沢つむぎを、ただ一心に想っている男が。 傷つけようとは思っていない。だけれど、手段によっては傷つけてしまうかもしれない。そう、思っているのだろうか。 「…北斗くん、無理して、悪者にならなくて良いんだよ。」 気がついたら、彼の背中へ腕を回し、身体を抱き寄せていた。悪者という言葉に、北斗くんの肩が震えた気がした。 「つむぎ、さん。」 「…北斗くん。私ね、自分の中にある貴方へのこの気持ちが、好きなのかが、…正直分からないの。」 少しだけ、息を吐く。 「…だけどね、今日北斗くんに呑みに誘われた時、凄い嬉しかった。2人きりだって思うと、ちょっとだけ優越感があったよ。…ああ、特別なんだって。」 北斗くん。そう呼び掛けると、少しだけ赤くなった顔と目があった。 …あれ、なんで北斗くんが赤くなっているんだ。 「…つむぎさん、ちょっとずるいですよ。」 「え、え、…思ってた事を言っただけなのですが…。」 「…天然ですか、全く。」 本当、ずるいなぁ。そう笑いながら北斗くんに抱きしめられる。 少しだけ力が強かったけれど、優しく包み込まれるような、そんな感じがした。 「つむぎさん、」 「はい。」 「……俺は、貴女が好きですよ。」 「…知っています。」 「つむぎさんは?」 「……まだ、分からないけど、私の中で、北斗くんは…他の人より特別、です。」 言い終わると、自然と視線が合う。どちらかともなく、笑いがこぼれた。 「ねえつむぎさん、今日から俺はもっと貴女へアプローチしていきますよ。構いませんよね?」 だから、これだけは許してください。 そういうと、私が止める間もなく頬へ口付けた。 「…俺は、貴女を正攻法で振り向かせてみせますから。覚悟、決めてくださいね。」 そう言って笑う北斗くんが、あまりにも格好良いから、 「お手柔らかに、お願いします。」 私も覚悟を決めて、小さく頷くのだった。 (きっと、振り向くまで、そう時間はかからない。) → |