※「ある日の夜に」続編。3月のお話。


幕張でのライブから、もう1ヶ月が経とうとしている。
あれから、我ら315プロは朝から晩まで働きづめの忙しい日々を送っている。ライブの反響を受けての新しい仕事も、いっぱい増えた。

増えたのは仕事だけではない。今回のライブで互いに切磋琢磨しあったアイドル達は沢山の経験を手に入れ、それを糧に更なる飛躍を果たそうとしていた。


だけど、その経験を出来なかった人達もいるのは事実だ。その事は、プロデューサーである私の心に今も小さなトゲとして、引っかかり続けていた。

そのうちの1人、北斗さんは4月に発売となる久しぶりのソロ曲「ROMANTIC SHAKER」で、その存在感をぶつけてきた。試聴の公開後、あっという間に話題をさらっていくあたり、アイドルとしての経験の差と貫禄を見せつけてくれたのは流石だと思うし、正直私はそういった形で存在を示してくれるのが嬉しかった。



さて、もう1人はというと

「とーうまー、まだいるー?」

1人、レッスン室でダンスレッスンをしていた。



「……ああ、なんだプロデューサーか。全然気がつかなかった。」
「時計見てなかったの?もう結構遅いよ。」
「げ、ほんとだ。」

最近、冬馬は仕事の合間の時間を、こうやってレッスン室で過ごすことが増えていた。理由としては『6月のイベントに向けて、ダンスの感覚を取り戻したい』とのことで、仕事に対してストイックな彼らしいのだが、仕事もこなした上での自主レッスンだ。無理をしすぎていないか、心配だった。


「ほら、そろそろ帰るよー。戸締りするから用意して。」
「おー、サンキュ。プロデューサー。」

差し出したタオルで汗をぬぐいながら笑う冬馬は、さっきまでの厳しい表情から一転、年相応の青年の充実した表情だった。


「どう、感覚は取り戻せそう?」
「んー…そう、だな。ツアーまでは充分時間はあるから、取り戻すのには問題ないだろ。だけど、」
「だけど?」
「……それだと、セカンド経験した翔太や他のアイドルに追いついて、追い越せないだろ。」

なんてことだ。何事も向上心があることはいいことではあるのだが、もうそこまで見据えているとは。ちょっとびっくりした。


「…冬馬は凄いね。仕事もレッスンも。」
「だってプロデューサー言っただろ、次のステージには絶対連れて行ってくれるって。」


覚えて、いてくれた。あの夜の言葉を。そのことが、じんわりと私の心を温かくしていく。

"次は絶対に、貴方をステージに連れて行ってあげるから。"


「そう、だね。まずは豊洲のステージから頑張ろうか。」
「ああ、絶対成功させてやるぜ!」

にかりと笑うその姿が、なんとも眩しくて思わず瞬きしてしまう。
流石は、315プロの誇るダブルセンターのひとり。声には出さないけれど、そう思った。





「俺さ、セカンドの夜な、本当はあんたの家行くつもりなかったんだよ。」
「…どうしたのいきなり。」

車を走らせていると、助手席の冬馬が外を眺めたまま呟いた。
あの日の夜、冬馬は私の家へ先に帰って来ていた。合鍵を彼に渡しているので、出入り自体は自由なのだが、一体どうしたのだろうか。

「…だってよ、…いつ帰ってくるか、聞いてなかったし。」
「ああ、…そうだったっけ。」
「そうだよ。…金曜から幕張だったろ、つむぎ。」
「…そうだったね。冬馬も横浜だったし、その前からばたばたしてたもんね。」

あの頃、お互い仕事ですれ違ってばかりだった。思えば、私が冬馬にイベントオファーを断ろうとしてた背を押した時あたりから、別々だったのかもしれない。

「…連絡くれれば良かったのに。」
「俺のワガママにあんたを付き合わせる訳にはいかねぇだろ。」
「そういう所は律儀だよねぇ冬馬は。」
「悪いかよ。」
「いや、良いことだと思うけど我慢してないかなって、心配になる。」


冬馬だって、まだ17歳だ。私の大切な彼氏である以前に、年齢で見れば大人ではない。それを補うように多少背伸びをしているだろう。
連絡をする時くらいはワガママになっても良いのにと思っているが、なかなか上手くいかないものだ。


「…してねぇし。」
「ふーん…そっか、」
「……なんだよ。」
「なんだかんだで部屋にはきてくれたんだって思うと嬉しいなぁってさ。」
「っ、うっせ!」

頬杖をつきながら窓の外を見ている冬馬を横目で見る。あ、これは照れてるな。

「でもね、ライブ終わって真っ先に冬馬に逢えて嬉しかった。朝にならないと逢えないよなぁって思ってたから。」

これは本当だ。セカンドライブ終わりの私は、早く冬馬と北斗くんに今日の報告がしたいという気持ちでいっぱいだったのだから。
…まあ、結果としてあの夜は悔しかった思いも吐き出してしまったのだが。


「…つむぎ、」
「ん、なぁに?」
「あの夜、俺がいて良かったな。」

ちょうど赤信号になったので顔を向ければ、得意げな表情をした冬馬と目があった。
ああ、やっぱりこう年相応に自慢げな顔をしてくれる彼が、私は好きだ。
もちろん、仕事の時のきりっとした表情も、歌っている時の熱い表情も好きだけれど、全ての根底にある等身大の天ヶ瀬冬馬があるからこそだ。

「うん、ありがとう。帰ってきてくれて。」

素直に述べれば、ちょっと照れくさそうに笑ってくれた。
…もう少しこういった自然体を仕事にも活かせるようにならないものだろうか。そうすれば、きっと今よりも出来ることは広がるだろうに。



「ん、どうしたんだつむぎ?」
「…なんでもないよ。」


でもやっぱダメだな。

神様、私しか知らないこの天ヶ瀬冬馬は、もう少しだけ、独り占めさせてください。




(いつか、今より眩しく輝く星へ。)