「なあ、夜だけど花見に行こうぜ!」

オフを明日に控えたある夜の事。私は輝さんの部屋へ泊まりに来ていた。
いつも通りにお風呂を使わせてもらい、ほかほかになった後リビングに戻った途端、輝さんがそんなことを言い出すものだから、私は思わずぱちくりと瞬きをした。

「今から、ですか?」
「おう。家の近くに良い桜の樹があるんだよ。」

つむぎと一緒に観に行きたいんだ、そう言いながら私の腕をぐいと引く。早くも行く気満々の輝さんに気圧されながら慌てて声を掛ける。

「え、ちょっと私お風呂上がりで化粧してないんですけど…!」
「別に気にすんなよ。夜だから俺しか見てないって。」
「―っ、ああ、もう!平気でそういう事いう…。」

輝さん、私がにこにこ顔で言われたら言い返せないってのを分かって言ってる。きっとそうだ。
そしてさらっと殺し文句まで乗せてくるんだから、本当に天道輝という男はずるい。いつも赤くなって言い返せなくなるのは、私の方だ。

「…じゃあ。服だけ着替えても良いですか?」
「行ってくれるのか!」

ぱぁっと嬉しそうな表情を見せる輝さんに、思わず苦笑する。さっきまで連れていく気満々だったのに。

「良いですよ。ただその…お風呂上がりの部屋着だけは着替えさせてください!」

言いながら輝さんをぐいぐいと部屋の外へ押し出す。
別に着替え見たって良いだろ?駄目です!!の攻防の果てに、なんとか1人になることに成功する。扉の向こうで輝さんが何度も脱がせたことがとかなんとか言っている気がしたが、…無視だ無視。







「う、わぁ…!」
「な。凄いだろこの桜。」

着替えを済ませ、輝さんに連れられるがままに夜の街へ繰り出す。そしてたどり着いた場所は、綺麗な桜並木。
辺りは風で舞い散る桜の花びらと、吊るされた提灯の灯りで少し幻想的な雰囲気をまとっていた。…うん、輝さんが私を連れて来ようとするのも頷ける。これは、誰かと共有したい光景だ。

「凄いです!こんなに綺麗な桜、都心で見れるなんて…!」
「だろー?やっぱり来て正解だったな。そんなに喜んでくれて俺も嬉しいぜ!」
「なんだか、華符演舞祭の時の輝さんの衣装を思い出しますね…。花びらもいっぱい舞っていますし。」
「そうだろそうだろ。俺もそう思う…っと、ちょっと動くなよ。」

周りをきょろきょろとはしゃぎ気味に桜を見上げている私へ、輝さんが不意に手を伸ばす。その手が頬をかすめた時、少しだけくすぐったかった。

「ほら、つむぎの髪にも桜が咲いていたぞ。」

そういう輝さんの手には、桜の花があった。どうも何処からか飛んで来たのが私の髪へ引っかかっていたらしい。

「まあ、今のつむぎの服桜っぽい色だもんな。よく似合っているから、桜が寄って来たくなるのも納得だな。」
「…じゃあ、仲間だって思われたんですかね?」
「仲間か。それじゃあ、さしずめつむぎは桜の妖精なんつってな。」

今私は、明日彼と出掛ける時に着ようと思っていたワンピースを着ている。シンプルなデザインではあるが、春らしい桜の様な優しい色に一目惚れして購入したのだが、恋人にそんな風に例えてもらえて悪い気はしないものである。

「妖精、か…。輝さん、それ貸してください。」
「ん?どうするんだ。」
「…褒めてもらったお礼ってほどでもないですが。」

輝さんの手元でくるくると回されていた桜の花を受け取ると、彼の胸ポケットへ飾るように挿す。

「はい、桜の妖精からプレゼントです。…なーんて。」

私は少しおどけながら彼を見上げる。
輝さんは瞬きをすると、ありがとうなと呟き、嬉しそうにそっと花へ触れた。

「…やっぱり、この時間に来て良かったな。」
「え?」
「あ、あー。…そのな、夜なら少しは周りを気にせずにつむぎと桜を見られるかと思ってさ。」

いいながら頭をかいている輝さんの言葉に、少しだけ申し訳なさそうな雰囲気を感じ取る。私の心の中にあったふわふわとした高揚感が、少しだけ静かになる気配がした。


天道輝はアイドルだから、外で誰に見られているかが分からない。ましてや、恋人がいることが記事にされるようなことがあれば、多方面に迷惑をかける。
…それは、プロデューサーである私だって、よくわかっていた。だから、オフで外に一緒に出る時は最新の注意を払っている。

それを彼も分かっていた。だからこそ、夜に私を連れ出したのだ。外で少しでも、普通の恋人同士みたいに、触れ合えたら。そう、思ったのだろうか。


「……ごめんな。せっかくつむぎが楽しんでくれているのに、こんなこと言って、」
「輝さん。」

遮るように声をかけると、輝さんから少し距離をとるように後ろに下がる。
驚いたような表情の彼を視界に入れると、すうっと息を吸う。


「輝さん、私、っ、」

話そうとした瞬間、風が花びらを巻き上げながらごっと吹き荒れる。視界を、私達の間を、桜吹雪が遮るように覆い尽くしていく。
あまりの風の勢いに、私は圧倒されて後ろによろけそうになった。


「っ、つむぎ!」

桜吹雪の向こうから、腕を掴まれる。
あれ、輝さん、なんでそんな焦ったような顔をしているんだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、掴まれた勢いそのままに抱きしめられた。


「…悪りぃ。急に抱きしめて。」

しばらくして風が収まった後、ぽつりと輝さんが喋り出した。

「…なんでか分かんねえんだけど、…つむぎが、さっきの風が吹いた時に、桜と一緒に何処かいなくなっちゃうんじゃねぇかって、急に怖くなって。手を掴まねぇと、って思って、」

そう言いながら、私の存在を確かめるように腕に力を入れてくる。
その腕が少しだけ震えていたのは、気がつかなかった事にした。

「なあ、…いるよな、そこに。」
「輝さん、私はここにいますよ。どこにも行ってませんよ。」

ぽんぽんと彼の背中を叩いてやると、私の肩口に埋められていた輝さんの顔ががばっと上がった。
その姿は、色々な感情が入り乱れていて、一言では言い表せれなかったけれど、それ以上に、

「……っ、て、輝さん…桜まみれじゃないですか。」
「は?」

桜吹雪の中へ突っ込んでいった名残か、服も髪も桜の花びらがそこら中にくっついていた。
その姿がちょっと面白くて思わず笑い声を上げると、輝さんも自分の状態に気づいて吹き出していた。


「っ、くく…あー、おっかしいな。桜見にきてんのに桜まみれとか、格好悪りぃな俺。」
「…でも、そうなってまで手を取ろうとしてくれたんじゃないですか。」


名誉の花まみれだから、格好悪くなんてないですよ。


そう言いながら髪に付いている花びらをつまんで取ると、その花びらごしに照れた表情の輝さんが見えた。

「それに、私が例え桜の妖精でも絶対離れませんよ。」

だって、

「来年も、その先も、一緒に此処に来たいですから。」


はにかみながら見上げると、もう一度抱きしめられる。
じんわりと満たされる心のままに、私は彼の頬に唇を寄せるのだった。



(巡る季節を共に過ごそう。それが私の幸せだから。)