最近、プロデューサーさんが俺に優しい気がする。

何が、と具体的に言えるわけではない。プロデューサーさんは元々周りに気配りができる人だし、俺のことも体質の事も込みで、ちょくちょく気に掛けてくれている。
だけど最近それが人一倍気にかけられている。そんな気がするのだ。


「龍くん、スカーフちょっとゆるんでますよ。」
「っ、え!」

ほら、今日もだ。衣装を着ている俺自身が全く気にしていなかったのに、何でそんなに気がつくのだろう。
振り返るとそのまま引っ張って整えられる。

「すみませんプロデューサー…。さっきしっかり締めたつもりだったのに。」
「大丈夫ですよ。お客さんの前に出る前に見つけられて、むしろラッキーなんですから!」

龍くんの不幸は、少しでも減らさないとね。
彼女はスカーフに視線を向けたままそう呟く。何気なく呟かれたのであろう言葉なのだろうが、どうしても意識してしまう俺がいる。

「…よし、オッケーです。格好いいステージ、見せてきてくださいね!」
「っ、ありがとうございます!」

別れ際にぽんと叩かれた肩がじんわりと熱を帯びる。スタッフに声をかけられて離れていった彼女へ、ついと手を伸ばしかける。


…あれ、何で今、呼び止めようとしたんだろうか。

それに、ライブ前だというのに終わった後のように心臓がドキドキしている。おかしい。どうしてこんな気持ちになっているのだろうか。
…きっと、緊張しているだけだ。そうだ、プロデューサーさんは別に関係ない。きっとそうなんだ。


頭をぶんと勢いよく振ると舞台袖へ向かう。
はやる鼓動を抱え、俺はステージへ飛び出して行くのだった。





「――ぅ、龍。おーい、起きてるか?」

目の前で誰かの手がひらひら揺れている。瞬きをすると、心配そうな表情の英雄さんと誠司さんが見えた。

「え、あれ…英雄さん、どうかしました?」
「いや、どうしたじゃねーよ。お前こそ、飲み屋入ってからずっとぼーっとしてるけど、何かあったか?」
「え、?」

どうやら、今俺は英雄さん達と個室居酒屋にいるらしい。手元のグラスの中でからりと氷が揺れる。…ぼーっとしている?そんな風にしているつもりは全くなかっただけに、俺は内心どきりとしていた。

「すみません英雄さん。…ちょっと疲れたのかもしれないです。」
「おいおい大丈夫なのか?」
「熱は、…ふむ、なさそうだが。」

へらっと笑う俺の額に、誠司さんが手を当ててくる。
もちろん、体調は悪くない。悪くないのだが、上手く笑えているだろうか。


「んー…どうする信玄。プロデューサーに龍を迎えに来てもらうか。」
「そうだな。今日は早めに休んだほうが良……って、龍?!」

プロデューサーという単語が出た瞬間、俺はゴンっと良い音を立てて机に突っ伏す。あまりに大きな音に、2人がギョッとした表情をみせる。


「…龍、プロデューサーとなんかあったか?」

恐る恐る英雄さんが声をかけてくる。
首を少しだけ傾けると、またまた心配そうな2人の顔が見えた。

「……病気なんですかね。俺。」
「「は?」」

ぽかんとした表情が見えたが、御構い無しに俺はぽつぽつ話し始める。
今日のことも含め、俺が、プロデューサーさんを意識しすぎなんじゃないのかと。





「…龍、落ち着いたか。」

ひとしきり喋った俺へ、誠司さんがお冷やを注いでくれる。グラスは、いつの間にか空になっていた。


「…すみません、ひたすら喋り倒してしまって。迷惑でしたよね。」
「いや、迷惑っつうか、そのな…。」

英雄さんの歯切れが悪い。顔を上げると胸焼けしたような表情をしていた。
珍しい、あんなにパンケーキとかドーナツをいっぱい食べてもそんな表情をすることなんてないのに。一体どうしたというのか。

「…龍、病気っていうのはあながち間違ってないな。それは恋煩いのたぐいだぞ。」
「え?」
「え、ってお前…。」

恋煩い?何故、そうなるのだろうか。
気になってる、意識してるって事は、言った気がするけど、恋とかそういうことは言っていないはずだ。

「ここに来てまさかの鈍感か。つまりだな、その…。」

ぽかんとした表情の俺に、誠司さんが苦笑しながら言葉を投げる。

「龍、プロデューサーさんの事が大好きなんだな。」


"大好き"

「…俺が、プロデューサーさんを。」

大好き。そう、唇を動かしてみる。


「――っ、!」


ああ、今全てが繋がった。
俺の鼓動が早くなることも、プロデューサーさんの事を意識してしまうことも、人一倍気にかけられてるんじゃって思うことも。

俺は、プロデューサーさん…つむぎさんが、大好きなんだ。



「っ、英雄さん!」
「どうした龍。」
「誠司さん!」
「なんだ?」

2人へ向けてガバッと頭を下げる。

「俺、2人に話して良かったです!ありがとうございました!」


そう言って前を向くと、少し照れた表情の2人がいた。
この人達が同じユニットであることに、今日ほどラッキーだと思ったことはない。でなければ、ずっと俺はこの気持ちをどこにも吐け出せずにいたのかもしれない。


「っ、俺、ちょっと行きたいところがあるので行っても良いですか?!」
「おー、行ってこい行ってこい。会計は俺と信玄でやっておく。」
「走って行って転ぶなよ龍。」
「はい!!」


元気になりすぎだろと苦笑気味の英雄さんと、頑張れよと肩を叩いてくれた誠司さんにもう一度頭を下げ、店を飛び出した俺は星の瞬く夜道を走っていく。



(今すぐ、つむぎさんに会いたい。)


何故だろうか。でも今はとにかく会いたかった。
はやる鼓動が脚を走らせる。

そして不思議なことに、この道中では何も不幸は起こらない。

そんな、気がした。


俺が飛び出して行った後、英雄さん達が青春だなって笑っていた事を、俺は知らない。





(事務所から出てきた貴女に出逢うまで、あと少し)




image song:オーイシマサヨシ『君じゃなきゃダメみたい』