「ねね、つむぎちゃん。」


ちゅーしよっか。

隣でテレビを眺めていた次郎さんが、急にそんなことを言いだすものだから、私は手元の雑誌を取り落す。

「…次郎さん、酔ってます?」
「んー……まあ呑んではいるけどさ。」

そう言いながら彼はへらりと笑う。手元では、ビールの缶が揺れていた。

「今日はキスの日なんだって。知ってた?」
「…どこからそんな入れ知恵を。」
「え、るいだけど。」
「…ああ、納得。」


くらりと目眩が起きた気がして額を抑える。…明日朝事務所に行ったら、無言で一発類さんを殴っておこう。


「だから"ちゅーしよっか"って言ったけど、別に俺は唇になーんて言ってないでしょ。それにさ、キスなんてもう何度もしてるでしょ俺たち。」

恥ずかしい?そう言いながら肩を寄せられると、ソファの上で向き合う。びくりと少し大げさに震えた私に、次郎さんはくくっと可笑しそうに笑う。


「…恥ずかしい、と、いうか。」
「いうか?」
「……改まって、キスしようって言われてから、するのは……。」
「うん。」
「……緊張、するの…です、が。」


少し間を置いて、勢いよく吹き出されたものだから、私は真っ赤になる。


「なっ、わ、笑うことないじゃないですか!」
「ご、ごめ…っ、つむぎちゃんほんと、そういうところ可愛いんだけど、っく、くく…。」
「っあー!!もう!笑わない!キスしないですよ!」

少しむくれると、次郎さんが苦笑しながらごめんごめんと謝ってきた。そしてごほんと咳払いをすると、目を閉じて大人しくなった。


――静かになったぶん、私の緊張が増した気がした。

手を伸ばすと、指先が彼の頬に触れる。そのままつうっと覆うように指を滑らせると、ぴくりと頬が震えた。
その感覚に私は小さく息を吐くと、跳ねる心臓を抑えるように息を吸う。そして覚悟を決めると唇を寄せた。


「っ、」

頬に一度、そして、唇に触れる程度で一度。


流石の次郎さんも、二度されるとは想定していなかったのだろう。は、と驚いたような吐息が漏れていた。


キスをした後、寄せていた手を引っ込めようとしたら、彼の手に絡め取られ、そのまま抱き寄せられた。


「…つむぎちゃん、ずるくない。……おじさんさぁ、スイッチ入っちゃったんだけど、」

どうしてくれんの、そう言いながら次郎さんは私の耳へキスをする。
ちゅ、とわざと音を立て、しっかり聞こえるように、何度も口付けてくる。


「…ねぇ、知ってる?」

耳から伝わる感覚に蕩かされつつある思考に、艶を帯びた次郎さんの声が届く。

「耳へのキスはね、誘惑って意味なんだけどさ、」


いいよね?言葉にはされなかったけど、身体に触れられることで、そう言われた気がした。


だから私も、彼の背中へ腕を回すことで肯定を告げる。
答えなんて、最初から分かりきっているのだから。