緊張、する。 ウエディングドレスを着るなんて、まだまだ先だと思っていたから、余計緊張している。 鏡の中の私は、笑っちゃうくらいガチガチの強張った表情だ。スタイリストさんが「よく似合ってますよ。」と声をかけてくれても、あまり上手く笑えていなかった。 ――というか、そもそもどうしてこうなったのか。それは数時間前にさかのぼる。 ▼ 私は朝からS.E.Mの3人のグラビア撮影に同行していた。 今回のコンセプトは『サマーウエディング』。グラビア掲載予定先が女性向け雑誌であるため、メインは彼ら3名で構成し、その他にエキストラなどを追加しての撮影が予定されている。 事件が起きたのは、撮影が中盤に差し掛かった頃。私は撮影された写真を見ながら、現場スタッフと打ち合わせをしていたところだった。 「――っ、え、モデルが来られない?!」 とあるスタッフが突然悲鳴のような声が響き、あたりがにわかにざわつき始める。 「あの、何かあったんですか?」 「ああ、315プロの…。実は…。」 撮影スタッフへ声をかけると、申し訳なさそうに告げられる。今回の撮影では女性のモデルさんが参加しての撮影も予定されていたのだが、その事務所から先ほど電話が来て、モデルさんが急病で撮影に参加が出来ないとの連絡だったそうだ。 スタジオなら後日時間を合わせて再度撮影をすればいいのだが、今日の現場は実際の結婚式場を使用しての撮影であったため、日程が今日以外にずらすことができない。ずらすのであれば、こちらもスケジュール調整をしなければならないが、他の仕事の予定もあるから直ぐに決めることもできない。じゃあどこか他の事務所から急遽モデルさんを確保できるのか?といった具合に現場は少しずつ慌ただしさを増していった。 「何かトラブルがあったようだが、プロデューサー。」 「道夫さん、」 後ろから声をかけられる。振り返ると、S.E.Mの3人がいた。 一足先に撮影を始めていた彼らにもスタッフの慌ただしさが伝わったのだろう。少し心配そうな表情をしている。 「なになに、なんかあったわけ?」 「実は、今日の撮影に参加予定だったモデルさんが急病で来れなくなったとのことで…。」 首を傾げている彼らに、今の状況を簡単に説明をする。 「oh…、それはstate of emergencyだねプロデューサー。」 「打開策は、もう決まっているのか?」 「それがね…。」 少し口籠もったところへ、現場スタッフがこちらへ走ってきた。 「315プロの皆さん、ちょうどお揃いでしたか。…すみません、急なトラブルでこんなことになってしまって。」 「いえ、私達は大丈夫ですが。…モデルさん、なんとかなりそうですか?」 「実はまだで…。雑誌への締切の都合で、チャペルでの撮影は今日済ませないといけないのですが。」 どうしてこういう時に限って女性モデルの都合がつかないのかとため息を吐くスタッフに、何か助けにならないか提案をしようと口を開こうとした瞬間だった。 「――つまり、ウエディングドレスを着れる女性がいればいいってこと、だよね。」 ぽろっと、次郎さんが呟いた。 「つむぎちゃん、顔隠して着ればいいんじゃない?」 現場が、一時停止する。そして視線が私に集まる。 「「「それだ!!!」」」 「いや、それだじゃないですよ!」 「逢沢さん身長いくつ!?」 「160ですが、ってちょっと、」 「160ならドレス合うね、あとはウエスト周りが…。」 「ま、待ってくださーい!」 現場スタッフの歓声と、とんとん拍子で準備が進んでいく空気。それと引き換えに、できるわけない、私は素人なのだからと私は一気に青くなった。そしてその原因を作った次郎さんに掴みかかる。 「ちょっと次郎さんも何良い事言ったみたいな表情してるんですか。」 「ほら、グラビアのメインは俺達だし、ベールとか撮影角度で上手い事やればつむぎちゃんでもできるんじゃないかなーって、…うん。」 「うん、じゃないですよ。」 「…プロデューサー、」 だらだらと冷や汗を流し始め私に、そっと道夫さんが声をかける。 「プロである我々が、本業ではない君にモデルの仕事を依頼することがおかしな事である事は、重々承知している。…だが、お願いする事は出来ないだろうか。」 「それに、俺達もしっかりSupportするからNo problemだよ。」 道夫さんが真摯に頭をさげてお願いをする隣で、類さんもにこにこと笑って親指を立てている。 「良いんですか、私なんかで。…私は、何も出来ないですよ。」 「…俺は、つむぎちゃんなら任せられるかなって思って提案したんだけどね。」 降って来た声に顔を上げると、苦笑しながら次郎さんがこちらを見ていた。 心配しないで。瞳はそう告げていた。 「あの、」 次郎さんの胸ぐらを掴んでいた手を離すと、小さく息を吸って、現場スタッフへ向き直る。 覚悟は、決まった。 「絶対に顔を出さないという条件で、代役お受けします。」 よろしくお願いしますと言い切る前に、私は女性の現場スタッフに腕を引かれて走り出す。 そのままの勢いでメイク室に突っ込まれると、着ていたスーツを脱がされ、メイクも全て1からやり直されて。 ▼ 「よく似合っていますよ。」 そして、今に至る。 覚悟は決めた筈なのに、表情はびっくりするくらい強張ってたし、ドレスの下の脚は震えていた。 それでも、時間は待ってくれない。 「つむぎちゃん、準備できた?」 軽いノックの音とともに、声をかけられる。 振り返った先にいるのは、正装に身を包んだ次郎さんで、 目が合った瞬間の、彼の余裕がある表情がちょっと癪だったので少し睨んでやったが、きっと効果なんてなかっただろう。 title:誰そ彼 (完結しなかった。続きます。) → |