「ただいま。」

時計が日付の変更を告げる頃。誰もいない筈の真っ暗な部屋へ声を投げる。
ふと見下ろすと、見慣れた男物の靴が。ああ、来てるのねと小さく呟くと、私は室内へ静かに歩みを進めた。


「……冬馬?」
そのまま寝室へ向かう。ベッドの上で眠るのは、紛れもなく私が担当しているアイドル、Jupiterの天ヶ瀬冬馬その人だ。

現在、私と冬馬は所謂恋人の様な関係であった。とはいっても冬馬自身がまだ未成年というのもあり、キス以上はまだの健全なお付き合いだ。(冬馬が純情なのもあるが。)

合鍵を与えたところ、寮に住みつつ私の部屋にもこうやって上がりこんでいる事が多くなった。帰って来たら冬馬が寝てるという光景は、最初のうちはびっくりしたものの、慣れてしまえばなんとも微笑ましいものだった。

「……、」
それでも、今日の彼の寝姿は、年相応のそれより何処か寂しげに見えた。身体をぎゅっと丸めて、幼子の様に横たわっているからだろうか。
そんな彼を起こすのは忍びなく、そっと頭へと手を伸ばし軽く撫でる。



「ただいま。遅くなってごめんね。……翔太くん、本当頑張ってたよ。」

ぽつりとこの2日間の報告をする。会場の様子、観客の声援が如何に大きかったか。315プロの皆がとても輝いて沢山の星が見えた事。同じグループの御手洗翔太が、いないメンバーの分も沢山盛り上げてくれた事。


「…皆ね、貴方のブログの縦読みに、励まされてたよ。」

"さ い こ ー プ ロ 頑 ば レ"

それは、同じステージに立つ事が出来なかった彼からのメッセージ。
冬馬くん、こういう事平気でするよねぇ。私のスマートフォンを覗き込み呟いた翔太くんの目に光るものがあったのは、きっと気のせいじゃなかったと思う。


「でもね、……やっぱり、冬馬と北斗さんが居ないのは、」

寂しかったよ。





「寂しかったよ。」

その声で、俺の意識が眠りの淵から引き戻された。
実は、あいつが帰って来た時から目が覚めてはいたのだが、頭を撫でるその手が心地良くて、そのままにしていた。


"大丈夫ですよ。"

普段は、ぽやっとしててほんわかしているくせに、ここぞという時の決断力が凄いやつ。それがプロデューサーだ。

座長公演だった舞台のイベントとセカンドライブの日程被り。イベントオファーを断ろうとしていた俺の背を、もっと大きく成長してきてくださいね!そう笑いながら、ぽんぽんと背を押してくれた彼女が、

今、なんて

「ごめんなさい。スケジュール、合わせられなくて」
ぱたりと、シーツに何かが落ちる音が聞こえた瞬間が、寝たふりの限界だった。





視界が、埋まった。

「なんで、お前が泣くんだよ。」
「ぁ、起きてた…?」

顔を上げようとするも、ぎゅうと抱きしめられ叶わない。ちょっと不機嫌そうな声色だ。

「…起きてた。」
「やだ、狸寝入りしてたのー…った、」
なんて冗談めかして笑うと、後頭部を軽く叩かれる。

「何で泣いたんだよ。」
声は、真剣だった。だから、堰を切ったように、本音がこぼれた。言うつもりなんて、無かったのになぁ。

「見たかったの。Jupiterが、…天ヶ瀬冬馬が、あのステージに立ってる所を。今になって、何で、彼処に全員立たせてあげられなかったんだろうって、何で冬馬は居なかったんだろうって、考えたら辛くて、どうして、どう、して…っう…。」

駄目、だった。
会場では言えなかった思いが、2人だけだと、溢れて止まらなかった。

冬馬は、何も言わずに頭を撫で続けた。だから、私はそのまま胸を借りる形で泣いた。


「……どんなー苦しいとーきでも、背筋のーばーせ」
頭上から、歌が聞こえる。
「おーれたちにー勇気をくーれるーいーつでもー」

歌につられるように顔を上げると、外の月明かりに照らされた視線と交わった。
「なあ、プロデューサー…じゃなくて、つむぎ。一緒に行こうぜ、夢の向こうへ」
連れてってくれるだろ?そう言いながら指で涙を拭い笑いかけてくる彼に、どきりとした。

「ねえ、冬馬」
「ん?」

私は、息を吸うと1番言いたかった言葉を笑顔で伝えた。

「次は絶対に、貴方をステージに連れて行ってあげるから。」

その時の冬馬は、どんな顔をしていたのか分からない。一瞬驚いたような顔をした気がしたけど、抱きつかれる形でベッドへ倒れ込んでしまったから。



「冬馬、とうまさーん…あのー、着替えたい…。」

暫く抱きつかれるがままにしていたが、帰宅時の格好で寝るのはどうなんだと気づき背中を軽く叩くも、帰ってきたのは穏やかそうな寝息。抜け出したくても、身体はがっちりホールドされている。…諦めよう。

まあ、いいか。
今夜くらいは、このまま寝てしまっても。


朝起きたら、この状況にびっくりするであろう冬馬の姿を目に浮かべながら、瞳を閉じた。


(朝起きたら、北斗さんから『昨日はお楽しみでしたか?』というメッセージが来ていたのは、冬馬には絶対に内緒だ。)