――小賢しい、この私に意見するなど100年早い!…お前達など、所詮コマに過ぎんのだ!

『コマ…また、コマ扱いかよ…。』

あまりの言われように、思わずぎりっと奥歯を噛む。

『っ、…俺達は、利用される為に歌ってんじゃねぇんだよ!』

黒井のおっさんの言葉に、俺はカッとなって声を荒げる。俺の、俺達の歌は、そんな風に利用される為になんか、歌ってるんじゃ…!


「…天ヶ瀬君?」
「っ、!」

上から声がかかる。びくりとして顔を上げると、そこにはやっと見慣れてきた顔――プロデューサーの逢沢さんがいた。

「ステージの設営見てくるって言って戻ってこないから探してたら、急に声が聞こえてびっくりしたよ。そんな所でどうしたの?…椅子座ってるけど、もしかして体調良くない?」

逢沢さんの言葉に、自分の今いる場所を思い出す。
315プロダクションが用意してくれた俺達Jupiterの新たなスタートを切るためのステージ、その舞台裏だ。そうだ、ここはあの野外テントじゃない。…黒井のおっさんは、いないのだ。

「あ、いや大丈夫だ…。むしろ声掛けてくれて助かったっつうか…。」
「へ、?」
「…いや、なんでもねぇよ。」

きょとんとした表情の彼女に、俺は毒気を抜かれて座っていたパイプ椅子に思い切りもたれ掛かる。少し薄暗い通路に、金属の軋む音が響いた。
…情けない。今日は大切な日だというのに、脳裏にかつての苦い記憶がかすめた。もう、振り切ったと思ったはずなのに。


「…天ヶ瀬君、良ければ隣座っても良いかな?」
「あ?」

どうした急にと顔を上げると、逢沢さんが俺の返事を聴くよりも先に、隣に椅子を出して座っていた。
そしてそのまま、しばらく沈黙が続いた。

北斗や翔太だったら、何か話題を作って彼女に話を振れたのかもしれない。だけど俺は、特に話題も思いつかなかったのでそのまま黙って沈黙に身を任せ、足元のコンクリートを見つめていた。


「…やっと、ここまで来ましたね。」

沈黙を裂いた言葉に顔を上げると、彼女がじっとこちらを見つめて小さく微笑んだ。

「懐かしいですよね。…うちの事務所に来て最初のライブは、小さなライブハウスだったのに。」
「…そうだったな。961にいた時の頃に比べりゃ、規模は天と地の差ほどあったな。まあ事務所自体が弱小だってのは分かってたしな。」
「あ、はは…そこを比べられたら痛いですよね…。」

俺達が移籍した頃の315プロダクションは、創立まもない弱小事務所だった。資金力含め、何もかもが961に比べれば劣っていたから、すぐには大きな会場では歌う事なんて出来ない。そんなことは、分かっていた。

「あんなに小さい箱でも、お客さんたくさん来てくれましたよね。」
「あの時の熱気、今でも覚えてるぜ。…ステージとファンが近かったせいもあるんだろうが、すげー表情が見えてさ。…今まで見たことのない景色で、本当凄かった。」

「それに、楽しさはこっちの方が961の頃よりずっとずっと上だった。…そりゃそうだよな、やっと俺達がやりたいように歌う事が出来たんだからな!」

そう言いながら俺は拳を握る。
961時代にはあまり感じる事が出来なかった達成感に充実感を、移籍してから俺は日々の中で感じていた。それはきっと、他の2人も同じだろう。…言われなくても、表情で分かるものだ。

「天ヶ瀬君、今、楽しいですか?」
「ああ、毎日すっげー楽しいぜ。」
「…良かった。」
「どうしたんだ、急に。」

楽しいに決まってるだろ?そう暗に含めながら問い返すと、

「……今まで、貴方達に見合うだけの場所を用意する事ができなくて本当にごめんなさい。」

頭を、下げられた。

「今日のここだって、正直まだまだ十分とは言えません。…だけど、今できる私の、いいえ、私達315プロダクションの精一杯を込めて用意したました。だから、その…っ」

がばっと、彼女の顔が上がる。

「最高のステージにしてください!」

その表情は、彼女自身がステージに上がるわけでもないのに、酷く緊張をしていて、更に頬がこの薄闇の中でも分かるくらいに紅潮していて、

とても、情熱に満ちていた。

「っ、当たり前だろ!」

そういうと、俺も堰を切ったように逢沢さんへ告げる。

「あんたの言う通り、ここの箱だって今までに比べりゃ大きいかもしれねぇ。けどよ、こんなところで収まらずに俺達はもっと先に行かなきゃいけねぇんだ。…それこそ、アリーナやドームを埋め尽くせる位にな。――だって、俺達が目指しているのはトップアイドル、そうだろ?」


きっと今の俺は、不敵な表情をしているに違いない。
例え事務所が変わろうと、立つステージの規模が変わろうと、目指す場所は変わらない。

トップアイドル、それが目指す場所だ。


「いつか絶対、あんたと一緒にてっぺんを取る。」
「てっぺん、」
「当たり前だ。目指すなら1番高いところだ。だからさ、しっかりプロデュース頼んだぜ!」
「…っ、はい!」

逢沢さんが、こくこくと頷く様子がなんだか面白くて、俺は思わず笑ってしまう。

「あんたさ、最初の頃は少しぼけっとしてる鈍臭いやつかと思ってたけどよ…その、最近すげー良いなって思ってるんだ。……っ、へ、変な意味じゃないぞ!その…」
「冬馬、つむぎさんの頑張りを認めてるんですよ。」

不意に近くから、北斗の声がした。
顔を上げると、見慣れた2人の姿が見えた。

「ほ、北斗?!それに翔太まで…。いつの間にそこに…。」
「つむぎさんが冬馬君探してくるって行って戻らないからさー僕らも探しに来たんだけど、…お取り込み中だった?」

手なんか握っちゃってーとの何気ない言葉で、彼女の両手を無意識に握っていたことに気づく。
握っている俺と、握られている逢沢さん。お互いの目が合って、顔が一気に赤くなる。

「違っ、これは、」
「……あー待った、ほどかないで冬馬君。つむぎさんもそのままで。ほら、北斗君こっち来てー。」

そういうと俺たちの手の上に、翔太が自分の手と北斗の手を重ねる。


「つむぎさん、ここまで僕達を連れて来てくれて、本っ当に、ありがとう。」

翔太はそういうと、しゃがみながら逢沢さんと目線を合わせて笑う。

「ここまで支えてきて頂いた分、今度は俺達が連れていく番。そう思ってますよ。」

そう言いながら、北斗が俺と視線を合わせる。言葉にはなっていなかったが、その瞳は『そうだろう、冬馬。』と伝えてきた。

「当たり前だ。恩を借りっぱなしってのは性に合わねぇ。借りたぶんは必ず返す。…それに、随分とファンの皆を待たせちまったからな。」

言葉を切って辺りを見回す。
北斗、翔太、そして逢沢さん。今ここにはいないが、斎藤社長に、山村さん。誰1人欠けても、今日という日はきっと来なかっただろう。

「新生Jupiter、今日を最高のスタートにしてやる。ここにいる全員で、最高のステージを魅せてやろうぜ!」





「天ヶ瀬君、これ忘れてたよ。」

開演直前の舞台袖で、逢沢さんから衣装の腕章をはめて貰った。どうもさっき俺を探しにきた理由が、腕章のつけ忘れの件だった訳らしい。…結果として間に合ってはいるので、俺は素直に礼を言ってた。

「……そういえばよ、なんで北斗と翔太は、あんたとお互い名前で呼んでんだ?」

はめ終わったあと、俺はふと疑問に思ったことを尋ねた。

「ああ、翔太君が『もうそろそろ逢沢さんってのも堅苦しいから、つむぎさんって呼んでいい?』って天ヶ瀬君がいない間に…。」
「……俺はなんでまだ天ヶ瀬君なんだよ。」
「北斗君が『一応確認とった方がいいですよ?勝手に呼ぶと怒るかも』って…。」
「…あのやろ、」

北斗ならそう言う。その様子が目に浮かんでなんだか癪だった。

「……冬馬でいい。」
「え、」
「だから、俺もあんたのこと、今からつむぎさんって言うから!」

それだけを言うと、開演が迫っていることを告げるスタッフの声に誘われるように俺は走り始める。


「――冬馬君、頑張って!」

後ろから呼ばれる自分の名前がなんだか心地良くて、俺は腕の腕章を思わず握りしめるのだった。



(これは、俺達と彼女のスタートラインのお話。)

title:誰そ彼