※夢主≠P。幽霊が視える体質持ちオペレーター。


私は、誰かを探している。

『――◾◾さん、見ませんでしたか?』

途中で行き合った人に問うと、首を振られる。私はぺこりと頭を下げると再度探しに走る。

(お礼を、言わなきゃ。)

ただそれだけの為に、私は走る。
どこにいるのかわからない、あの人に会う為に。……お礼と、あと、何を言うんだっけ。

走って、走って、

何度、曲がり角を曲がっただろうか。

『…きみ、』

不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには、

『――いつきさん!』

探していた人が、立っていて。
思わず手を伸ばそうとする私の肩を誰かが掴む。
一体誰だろうか。思わず振り返ると、


「……起きたか?」

至近距離に、上司の顔があった。





「あ、れ、」
「……まだ寝ぼけているのか、逢沢君。」
「……え、?」

上司の言葉に私は辺りを見回す。
ファイルが収まった棚に、電源の入ったパソコン。目の前に広がるモニター群には、夜のアキハバラが映っている……紛れもなく、見慣れた職場だった。

「……まさか、寝てましたか私。」
「眠いのなら、仮眠室に行くと良い。」

作戦開始まで、時間があるだろう。
そう言いながら上司――時任さんは手元のタブレットをいじりながら、隣の椅子に腰掛ける。静かな室内に、椅子のきしむ音が響く。時計は、日付が変わる少し前を指していた。

「いえ、もう少しやります。……私にしか、出来ないことですから。」

彼の言葉に私は軽く伸びをすると、寝ている間に外したのであろう眼鏡をかける。

門の向こうから押し寄せるゴーストへの対抗技術が進んだ現代。昔に比べ、機械を使ったゴーストの探索および解析はぐっと精度を上げていた。それでもまだ、捉えられない高位の存在もいる。それを捉えるのが"視える眼"をもつ人々、ここではオペレーターである私の仕事だった。

「……すまない。負担をかけているな。」
「いえ、寝ていた分を取り戻す必要もありますし。」

小さく頷く私に、そうかと彼はタブレットへ視線を落とす。
私はモニター内のデータに向き直る。これは、今回の作戦に必要不可欠なものだ。作成自体は終わっていたので、あとはこの膨大なデータのバックアップを取るだけだ。

「そういえば、夢でも見ていたのか。」
「え、」

がしゃんと手元がおかしなキーを押した。私が動揺したことを察したのだろう、時任さんがデータを消すなよと言ってきた。……流石にそんなヘマはしません。

「誰かの名前を呼んでいたぞ。覚えていないのか?」
「あー……はは、恥ずかしいんですが。」
「別に恥ずかしがることはないさ。夢に思う程、大切な人なのだろう。」
「……大切な人。」

大切な人。……確かに、あの人はそうなのかもしれない。

「そうやって君の夢の中に現れるということは、人生において転機を与えるきっかけになった人なのだろう?…科学者としては興味があるな。」
「……話さないと、駄目ですか。」
「寝ていた分を取り戻す為だと思いたまえ。」

ふっと笑う彼に、うぐっと言葉に詰まらせる。そこを突かれると口答えできなかった。
モニターを見ると、バックアップ中の表示が出ている。完了までは、もう暫くかかりそうだ。

「……じゃあ、話しますけど、そんな大した話じゃないので。あまり期待はしないでください。」

そう前置きすると、私は話し始めるのだった。





生まれつき"視える"体質であったが故に、私は幼い頃にGCDSへの召集を受け、隊員の一員として従事していた。
やっていたことは今も昔もあまり変わっていないのだが、当時は機材も整っていなかった為、前線でのモニタリングがメインだった。
私の能力はオペレーターの中でも特にずば抜けており、色んな現場に引っ張りだこだったのだが、それがあまり良くなかった。

"視える"を通り越して、"視えすぎて"いたのだ。


(――どうして、ゴーストを平気で撃てるんだろう?)

当時の私には、ゴースト達が普通の人間とほぼ同じように視えるのが普通だった。
ただ視えているだけなら割り切れたかもしれない。……消滅時に、断末魔さえ視認できなければ、きっと違ったのだろう。
ゴースト達の側からすれば無理やり排除されるのだ。恨み言の量も、その数だけある。幼い私は、それを視て上手く受け流す術を持っていなかった。

膨大な情報を受け止めきれなかった私は、ある重要作戦を執り行う大切な日に、とうとうパンクした。

『泣くことはない。……君はまだ幼いんだ。処理できなくて、当たり前だ。』

作戦開始後、ゴースト達からの情報を遂に処理しきれなくなり、突然泣き出し使い物にならなくなってしまった私を助けてくれたのが、たまたまバディを組んでいたスナイパーだった。

『…昔から、目だけは悪くてね。だから眼の良い君には、強過ぎるかもしれない。』

そう言いながら自身がかけていた眼鏡を、有無を言わせず私に掛けさせる。急にかけられたフレーム幅の合わない眼鏡を抑える私の頭を、彼は片手で軽く撫でてくれた。

『私に眼鏡がない分、君の力で導いてくれ。』

そう言いながら武器を担ぎ前線へ向かっていった彼の背中を、眼鏡の度が強すぎてぼやけた視界で見ていたはずなのに、はっきりと見た気がする。

――彼の目になる。
人間としての視界はぼやけていても、ゴーストの位置がわからなくなる訳ではない。だから私は、彼に届くよう視た位置を指示を出し、彼は的確に仕留めていった。
結果としてその作戦は完遂され、彼はその日一番の戦果を挙げた。しかし、スナイパーが作戦時ろくに目が見えていなかった上に、そのオペレーターもわざと視界を遮って指示を出していたことがバレて、揃って厳重注意を受けることとなった。


――その後、私は精神と身体に大幅な負担がかかったということで長期入院を余儀なくされ、数ヶ月GCDSから離れた。

退院後、現場復帰した私は後方でのモニタリングオペレーターとして転属を言い渡された。
突然の異動に私は驚いた。上官へ確認したところ、どうもバディを組んだスナイパーが口を聞いてくれたようで、私の眼を100%生かしきるには、現地ではなくモニターで把握させるべきだ……そう、進言したらしい。

『彼女の眼は視え過ぎる、そしてまだ幼い。能力を十二分に発揮させる為にも、能力のコントロールを学ばせ、後方での支援に徹させるべきです。』

あの日、あれだけ迷惑をかけたというのに、彼は私のために尽力してくれた。そのことが嬉しくて、私はお礼を言おうと彼を探したが、会うことはなかった。
数日後、私は彼が長期派遣として国外へ転属になったことを知った。
いつ、日本へ帰ってくるのか。幼い私にはそこまで確認をするすべがなかった。

「……いつきさん。」

――ここで働き続ければ、いつかまた、彼に会えるだろうか。
幼心に、ひとつの目標が芽生えた。

彼に、お礼を言える日がいつか来ますように。ただそれだけだが、大切な目標になっていった。
もう一つ、心に小さく芽生えたものと一緒に、抱えて走っていこうと決めたのだった。





「――だから、あの日から私の中でいつきさんは目標…みたいなもので。こうやって眼鏡をかける対処法も、彼にとっては些細なことだったかもしれませんが、私にはとても大きな救いでした。」

ごめんなさい、長々話してつまらなかったですよね。なんて苦笑しながら時任さんに顔を向ける。
そこには顔を隠すように口元を抑える彼がいた。……髪から少し覗く耳が赤い気がするのは、気のせいだろうか。

「時任さん?」
「…………そう、だったのか。」
「え、?」
「逢沢君が、あの時の。」
「あの時?」
「……10年前、日本支部上げてのゴースト大規模掃討作戦。君が参加した作戦だ。」
「たしかに、私も参加しましたけど。…時任さんも参加していたんですか。」
「していたさ。」

そういうと、時任さんは私を抱き寄せる。突然の出来事に、私は声が出なかった。
だけど私は、この抱え方を、伝わってくる暖かさを知っていた。

「……あの時は、無茶をさせてすまなかった。」

10年前のあの日。いつきさんは、作戦完了後に真っ先に私を抱きしめてくれた。緊張の糸が切れ、わんわんと泣き出した私の頭や背中を優しく撫でて、何度もよく頑張ったと言ってくれた。

その暖かさと、全く同じだった。


「いつき、さん……?」

息を吸うと、問いかける。

「……ああ。」

身体が、震えた。
――神様、どこでこんな運命を用意していたんですか。私、何も、知らなかった。


「まさか……今まで気づいてなかったのか。」
「時任さんが来た日は、私遅番でしたし。大葉さんから、簡単にしか紹介されてなくて。」

なんだそれはと時任さんが少し脱力する。…たしかに、その時ちゃんと紹介されていればその場で分かっていたのに、随分と遠回りしてしまったものだ。

「……やっと、追いつけました。」

言いたいことは、たくさんあった。だけど、やっと言えたのが、この言葉だった。

もう一度、息を吸う。

「いつきさん、……私、ずっと言いたかった事があるんです。」
「……言ってみるといい、つむぎ君。」


――ずるいな、ここで名前で呼ぶとか。言いたいことを、見透かされてるみたい。

それでも、私は言うことをやめなかった。


「――私、いつきさんのことが、ずっと、」


(そこから先は、誰にも教えない。)