※四季と同じクラスの女子高生。学年1位で頭がいいけど少し愛想がない。 「伊瀬谷くん、そこ違う。」 「えっ、ほんとっすか?」 「そこは、この公式を使って…、」 「わ、分かったっす。えーと、これをこうっすね…。」 指摘したペンを引っ込めると私はぼんやり目の前を眺める。 目の前で必死に数学を説いているのは同じクラスメートであり、今をときめくアイドル『High×Joker』のボーカリスト・伊瀬谷四季その人である。 (…習慣になってるなぁ、これ) ――逢沢さん!勉強、見て欲しいっす!!! いつだったろうか。突然、伊瀬谷くんが必死な顔をして私に向けて頭を下げ、勉強を見て欲しいと言い出したのは。 それまで彼とは同じクラス以外にほぼ接点のなかった私には、面食らう以外にできることがなかった。 ……正直なことを言えば、断りたかった。ただでさえ、目立つことを、注目されることを避けているというのに。 だけど、声をかけられた場所が休み時間の教室内という視線だらけの場所であったため、逃げ場なんてなかった私は仕方なく承諾した。 断った後の方が、好奇の視線に晒されるに決まっていたからだ。…伊瀬谷四季のお願いを断った生徒なんて学校中で噂されるのは、まっぴらごめんだった。 それからというものの、彼が仕事の合間を縫って登校した日の夕方で、都合のつく日は私が彼の課題をみるようになっていった。 今日も夕日がさす教室に、私と伊瀬谷くんの2人きりで。彼の走らせるシャープペンシルの微かな音だけが、響いている。 「……できたっす。採点、お願いします!」 「ん、見せて。」 ずいと差し出されたノートを受け取ると、私は赤ペンを手に取る。 前方からあーだのうーだの無理っすしんどいーとか聞こえているが、構わず採点していく。伊瀬谷くんが解いて、私が採点して返す。これがいつもの流れだった それが、いつしか 『つむぎっち!』 『…なんで下の名前なの。』 伊瀬谷くんが私を名前で呼ぶようになり 『これ、授業の内容と試験範囲まとめたノート。』 『つむぎっちはマジメガ神さまっすーーー!!!』 私が伊瀬谷くんにノートを作ってあげるようになった。 でも、それ以上に何かが変わるわけじゃなかった。 私と彼はクラスメート。彼がアイドルって以外は、普通の関係だ。 ▼ 「……つむぎっちってキレイな髪っすよねー。」 私が採点している間、手持ち無沙汰の伊瀬谷くんが急に爆弾を落としてきた。 「な、何。突然。」 そう言って顔を上げると、頬杖をつきながら私を見ている彼と目があった。 「キレイな、えーと…こういうのは、亜麻色っていうんすか?夕陽があたってキラキラしてるっす。」 「……私は嫌い」 「え、」 にこにこしていた伊瀬谷くんの表情が固まる。私は、少しだけ気まずくなった空間に視線を彷徨わせると、ため息をついた。 「……髪の色。目立つし、色々、言われてきたから。」 「色々、って、」 生まれつき髪色が明るめの茶色だった私は、この髪におかげで色々と周りから好奇の目で見られる事が多かった。…正直、あまり良い思い出ではない。 ――そして、伊瀬谷くんはどうしてこういう時ばかり察しが良いのだろう。ぱちりと瞬きをすると、今度はおろおろしだした。 「ご、ごめんなさいっす…。俺、何も知らなくて。」 「……別に。」 言っていなかったことだ。別に伊瀬谷くんに悪気があったわけではないのだ。なぜ謝るのだろう、謝罪の必要など全くないのに。 「……だけど俺、つむぎっちが何と言っても、その色大好きっすよ。」 彷徨わせていた視線を正面に戻す。 おろおろしていた彼は何処へやら。じっと真面目な顔で私を見ている伊勢谷くんがいた。 「伊瀬谷くん、」 「つむぎっちの髪の色は、本当にキレイっす。だから、…つむぎっちがどう思ってても、俺はもっとキレイだって伝えたいっす。」 そういうと、彼は私の髪へ手を伸ばす。 「こんなにキレイでサラサラなのに、つむぎっち自身が嫌いじゃ、ぜーったい、もったいないっすよ。」 ――待ってくれ。 「……なんで、そんなに。」 彼は、キレイだと言ってくれるのか。 「っ、え、つむぎっちどうして泣くっすか?!」 「…あれ、?」 気がついたら、手元のノートに水玉ができていた。じんわりと赤丸がにじんでいく。 「ごごごごめんっす!本当に嫌だったっすか?!」 「ちが、そう…じゃなくて。」 そういうと私は、ブラウスの袖で涙をぬぐう。 「…伊瀬谷くん、あのね。」 「うん、」 「ありがとう、その……褒めて、くれて。」 素直に嬉しかった。 今までそうやって綺麗とか言ってくれる人なんて、いなかったから。 「――っ、どういたしましてっす!」 私の言葉に、伊瀬谷くんが目に見えるように気持ちが上がったのがわかった。それこそ背後に花が咲きそうな勢いだ。 「お礼は伊瀬谷くん呼びじゃなくて四季って呼んでほしいっす!」 「はい伊瀬谷くんここ間違ってる。」 「えええスルーっすかつむぎっち?!」 ちょっと酷いっすよー!と叫びながらノートに向かう伊瀬谷くんに私は小さく笑いながら採点を続ける。 …いつまで、こうやって彼の勉強を見てあげていられるのか、正直わからない。いきなり伊瀬谷くんが多忙になって、長く来なくなるかもしれない。 (少しでも、続けばいいかな。なんて) ……そうすれば、いつか彼を名前で呼べる時が来るのかもしれない。 それは、また別のお話で。 (私はまだ、何かが変わっていることに気づいていない。) title:誰そ彼 image songs:サンボマスター『君のキレイに気づいておくれ』 → |