※CW2捏造創作。ヒロインはK.G.D職員のオペレーター。眼だけサイボーグ手術を受けています。


「っ、はぁ、は、っ、う……、」

ネオンの光も差さない、薄暗いビルの路地裏。私はそこを縫うように走り続ける。本当は、表通りの明るい場所へ逃げるべきだったのだろう。けれど私は、ただひたすらに暗がりを走った。
極力、音を立てないよう走っているつもりだった。それでも、追っ手は迷う事なく、真っ直ぐ私を追ってきた。

「っ、はは、ははは!追いかけっこか?良いぞ、その眼でどこまで逃げられるか見ものだな!」

後ろから、戯れに撃たれたレーザー銃の音が何度も響く。……当てる気はさらさらなく、此方を脅しているのだ。悪趣味な様に内心舌打ちをする。

追っ手に指摘された眼――サイバネティクス技術で移植された義眼であるそれで、私は走りながら必死に逃げ道を演算する。如何すれば良い、如何すれば、私はあのアンドロイドから逃げ切れる?
角を何度も曲がり、路地を交差し、フェンスを乗り越え……。幾度となく繰り返すそれに、K.G.D職員とはいえ非戦闘員である私の体力の限界が訪れるのは、そう遠くなかった。

「は、っ…はあっ、う、うぅ……。」

薄暗い小路の奥で、私は身を隠すようにしゃがみ込むと、荒い呼吸を抑える様に手で口を塞ぐ。お願い、もう追ってこないでくれ。そう、心の中で願いながら。

「……みーつけた、」

その声と、私の耳元に義眼の警告音が響くのは同時だった。顔を上げると、私は銃口を追っ手――義眼が『判定対象:アンドロイド』と通知するソレへ銃口を向ける。

銃を握る手が、震える。気を張っていないと、汗に濡れた手からあっという間に滑り落ちそうだった。

「……如何いう、事なんですか?!」

自身を奮い立たせる為に、虚勢で、目の前のアンドロイドへ声を張り上げる。

「貴方は、あれだけアンドロイドの撲滅を願っていたはずなのに、なんで!」

言葉を切ると、一度瞬きをする。義眼が、目の前の存在をアンドロイド以外に判定することはなかった。

「如何して、貴方からアンドロイドの反応が出るんですか!ケインさん!」

混乱を焦燥を滲ませながら声を張り上げる私を、彼はなんの感情も見えない視線で見つめる。

「……なんでなんだろうな、俺が聞きたいくらいだよ。つむぎ。」

唇の端だけを上げて呟く彼は、とても冷めていた。

「さっきお前も見た男がいただろう?彼奴が俺に俺の真実を教えてくれたんだよ。……俺は、アンドロイド。俺自身が1番嫌っている存在で、ローズ達の記憶も俺の経歴も全てが造りモノなんだとさ。おかしいだろ。」

さっきの男とは、眼帯をつけた男性のことだろうか?K.G.Dのデータベース内にあった研究者リストにあったイーサンという研究者に、よく似ていた。ただ、彼は2年前に起こったアンドロイドによる殺傷事件の際に行方知れずとなった筈で……。

「――なあつむぎ笑えよ!!」

激昂したケインさんの声で、私の意識は眼前に戻される。視線を上げて、私は見上げた事を後悔した。

――彼は、私のすぐ目の前で嗤っていた。口角を上げ、さも愉快そうに嗤っていた。嗤っているのに、瞳の中は濁った硝子玉の様で、目の前の私すら映していなかった。

まるで、壊れた機械のように

「っ、う、!」

肩を掴まれると、そのまま腕を捩じ上げられ拘束される。壁を背に、私はケインさんと向かいあう状態になった。

「離し、てっ……!」
「離さねぇよ。離したら、お前俺のことタレ込むだろ?」

困るんだよなぁ、それは。そう言うとレーザー銃の銃口を私に向ける。銃口はぶれる事なく、彼の本気を伝えていた。

「何を、企んでるんですか?」
「企む?……ああ、アンドロイドの世界を作ろうって考えているよ。人間を全て排斥してな。」
「な、」
「それにはひとまず……K.G.Dは勿論、あの金髪のアンドロイド達も邪魔だなぁ。これは骨が折れそうだ。」

やり甲斐はあるがなという彼の表情は、アンドロイドを撃ち抜いている時のものと同じだった。同じだけれど、その銃口は私達ヒトへ向けられていた。

「やめて、ください。アンドロイドは、人間と、」
「――分かり合えるとでも言うのか。アンドロイドを始末する側であるK.G.D職員のお前が?」

言葉に詰まる。そんな私をケインさんは見下す様に笑った。
今のケインさんは、人類を滅ぼす側である。……K.G.Dが、危険思想のアンドロイドを見逃すはずなんて絶対あり得ないのだ。分かり合うとか、そういう問題ではなかった。

「――ああ!なら、お前が撃つか?俺を。」

名案だと言わんばかりに、彼は私に銃を握らせると自身の身体へ銃口を押し付けさせる。

「ほら、このまま引き金を引け。お前はアンドロイドを撃つだけだ。……何も悪い事をする訳じゃないんだぞ?」

ぐいと引き金を引かせようとする指が、私の指を搦めとる。

「っやめ、駄目……!」
「なあつむぎ、お前はみすみす危険思想のアンドロイドを逃すのか?それは懲罰ものだろうなぁ……。って、その処分を下すのも俺か。」

――怖かった。弾みで引き金を引かれ撃たれてしまうかもしれないのに、心底可笑しそうにくつくつと嗤うケインさんが、怖かった。

「……でき、ません、……ケインさんは、……アンドロイドでも、ケインさんです。」

できないと、私は必死で首を振る。指に力を入れて、引かせないように必死の抵抗をする。その様子を眺めていた彼は、飽きたように溜息を吐くと、ぐいと顎を上げさせられる。

「……好きだったよ、つむぎ。」

そういうと、ぐっと私を押しつけるように口付ける。突然の行動に、拘束され抵抗もできない私は、為すすべもなく彼に呑み込まれていく。

“――いつか、その義眼になった分も、俺が仇を討ってやるよ。”

笑いながら、彼がそう言ってくれたのは、いつだっただろうか。
ケインさんは苛烈で敵相手に容赦をしない人だったが、……自分の様に、アンドロイドで失ったものがある人にはとても気を掛けてくれる優しい人だった。そんな僅かな思い出も、思い出せないくらい頭の中はぐちゃぐちゃに塗り潰されていった。

「っ、げほ……。」

唇が離れた瞬間、腕を離され崩れて落ちる。それでも、私は彼へ向かって手を伸ばそうとした。

「け、いん……さ、……、」
「……サヨナラだ。」

その声と共に、私は視界を真っ白な光に染め上げられる。後から追ってきた身体の中心から拡がる痛みに、意識を手放した。





数日後、私はベッドの上でK.G.Dの隊服を着たアンドロイドの演説をぼんやり眺めていた。
同志の解放――それを声高に叫ぶアンドロイドの面影は、何処かで知っている気がして。

「……ぁ、」

何故、涙が出るのだろうか。アンドロイドは、私達の敵の筈なのに。

なのに、涙は、胸の痛みは止まらない。

声高に叫ぶ声が、隣を通り抜けていく。
私には、この涙も痛みも、何も分からないままだった。


(いっそ撃ってくれよ、この左胸を)

theme song:ポルノグラフィティ『敵はどこだ?』