※次郎さんが悪魔。社会人ヒロイン


その日、残業終わりの外は雨だった。疲れていて帰路を急いでいた私は、偶々近くの公園で弱ってぐったりしていた黒猫を見かけた。
正直、無視する事も出来た。出来たけど、

「……なーぅ、」

横たわった猫と目が合った(気がした)のに、それをそのままにしておくのは良心が痛んだ。……改めてとんだお人好しであったと今なら思う。
偶然にもペット可物件に住んでいるのだ、数日部屋で保護しても問題ないだろう。

そう、思って、連れて帰ったのだ。





猫を飼ったことなんてなかったから、ネットの内容を見様見真似でやるしかなかった。手順とか諸々心配だったが、少し厚手のタオルに横たわった黒猫から、すぴすぴと安定した鼻息が聞こえるから、多分落ち着いたのだろう。安心した。

ホッとしたら私も疲れが出たようで、少し眠気が襲ってきた。ちょっとくらい、ソファで寝ても、……大丈夫。
なんて思いながら、私はソファへ沈み込む。


それから、どの位経っただろうか。ふと私は目を覚ました。
少し暗っぽい視界に瞬きをすると、――それと目が合った。

「あ、起こしちゃった?」

緩く癖のついた髪をした男が、へらりと笑みを浮かべ片手を挙げる。

「いやー、拾って貰ってありがとねぇ。魔力切れでさぁ、動くに動けなくて。」

こっちが問い詰める前に喋ってくれたが、魔力切れ?何のことだかさっぱりだ。しかもこの男、頭に曲がった角の様なものがある。これは関わり合いになったら、絶対まずい。

――まずいけど、丁重に穏便にお帰り頂くには会話しないと駄目なのだろう。そう思いながら、どぎまぎする胸を抑えながら私は身を起こした。


「あの、どちら様ですか。」
「え、俺?俺は……君の世界の言葉で言うなら“悪魔”ってやつ。」
「あくま?」

悪魔。突然の言葉に脳が一瞬フリーズし、いきなり出鼻を挫かれた。

「そ、ちょーっと事情があって魔力切れ起こしてたの。」
「魔力……?」
「そう、魔力。お陰で黒猫の姿から戻れなくて参ってたんだよねぇ……人間界であんな長時間猫になると思わなくて。君に拾われなかったらどうなってた事やら。」
「な、」

何馬鹿なことを、と言いかけた私の前で、彼は不敵な笑みを浮かべると軽く伸びをし、ぽふんと少し可愛らしい音と煙を立てた。
煙が薄れ、にゃぁという鳴き声と共に見えてきたソレは、確かに拾った黒猫である。卒倒したくなった。

「……嘘でしょ。」
「んーん、嘘じゃないよ。だって俺だし。今は元気だからこの姿でも君と喋れるけど。」

けらりと笑いながら喋る黒猫に目眩がする。……なんて事だ、自分と一番縁遠いと思ってた“非現実”が突然飛び込んできた。あり得ない。

「俺、君のこと結構気に入っちゃったんだよねぇ。」

私が瞬きする間に再び人間の姿に戻った悪魔は、ごく自然な動作で私の手を取ると、

「だからさ、俺のものにならない?」

そう言いながら悪魔は私の手を取り指先に口付ける。

「……俺の、って、」
「じゃあもっと分かりやすく言おうか。君の魂を俺に頂戴?」

悪魔の唇が、三日月の様な弧を描く。
――逢沢つむぎ、黒猫を拾っただけのはずなのに、悪魔に目を付けられ平凡な人生が崩壊しそうです。


(神様、居たら助けてくれませんか。)

「神様に助けを求めるなんて悲しいなぁつむぎちゃん。」
「っ、な……なん、喋ってないのに、」
「え、思考読んだから。」
「頭の中覗くな!!」
「因みに俺はジローって言うのよろしくねぇ。」
「別に聞いてない!!」

(……名前呼んだことは突っ込まないのねぇこの子。面白い。)