締め切ったカーテンの隙間からフラッシュみたいな光が飛び込んできて目がさめた。時計を確認すれば、朝3時。朝日が覗く様な時間帯でもない為、暗い室内のベッドの中で見間違いだったのだろうかと首をかしげる。少しして、ゴロゴロと音が聞こえてきた。どうやら先ほどの光は、雷だったようだ。

もしかして、外は悪天候なのだろうか。様子を確認しようと起き上がるも、大きな腕に抱き寄せられてベッドへ引き戻される。


「…どこ、いくんですか。」
「ちょっと、外の様子を見ようかなって思っただけですよ。」

遠くにいかないよ、そう呟きながら背中の方へ手を伸ばすと、抱き締める腕が小さく震えた。


彼……柏木翼は、雷が苦手だ。
前職を諦めざるを得なくなった原因。今は多少克服できてきてはいるようだが、苦手意識というものは、そう簡単に消えるものではない。2人きりでいる時に雷が鳴ると、こうして私の存在を確認するように抱きしめてくる。…いちおう、私の方が歳下ではあるのだが、こんな時の彼は小さい子供のようだ。


「いっちゃ、やです…。」
「…いかないです。翼さんは心配性ですね。」

くすくす笑いながら落ち着かせるようにぽんぽんと背中を撫でてやると、頭上から、あーとかうーとか照れたような唸り声が聞こえてきた。こうやってくっ付いている事で彼が安心できるなら、お安い御用であったし、それに私は翼さんの体温に包まれるのが好きなので、この状況をとても微笑ましく思っていた。役得である。(抱きつく力が強くて苦しいこともあるが。)


そうやってくっ付いている間にも、何度か雷が鳴った。その度に私は、大丈夫だよと背中を軽く叩く。翼さんの腕の力が緩むことはなかったが、それでも、安心しているようだった。


「…昔の私も、こんなだったのかな。」
「昔の、つむぎさん…ですか?」
「あー…うん、私もね、小さい頃は雷が苦手だったの。」

雷に縮こまる姿に、ふっと昔の私を思い出した。
小さい頃、お昼寝から目が覚めるひとりきりだった。外は雷雨で真っ暗な室内。親を探しに行こうとするも、鳴り響く雷に怯えた私は、布団の中で小さくなって雷が早くいなくなることを願うしかできなかった。怖い、怖い、早く誰か来て。どうして誰もいないのと、ひたすら泣いて。


「…今はもう、平気なんですよね?」
「そう…だね。急に鳴ったりすると、まあびっくりはするけど。」

いつの間にか、目の前に翼さんの顔があった。表情はちょっとだけ、しょんぼりしている。

「俺…情けないですよね。つむぎさんだって、今は雷平気なん、っ」

また、雷が鳴った。少し油断をしていた翼さんは、変な声をあげながら勢いよく抱きついてきた。


「……あー、…俺つむぎさんの前では格好よくいたいのに。」
「そんな、別に気にしなくても良いじゃないですか。」
「…俺が嫌です。」

冬場に雷鳴らなくてもいいじゃないかーとしょんぼりしている翼さん。なんだか可愛らしいなぁと思って少し吹き出してしまったら、両頬を軽くつままれて今度は私が変な声をあげた。

「ひゃ、」
「……つむぎさん、笑った罰です。」

俺は格好よくいたいんですーと言いながら、ぐにぐにと頬を動かされる。自分の頬が伸びたり戻ったりする感触がくすぐったいので抵抗しようとしたら、両手でぐっと顔を寄せられて瞳を見つめられる。


「俺は、貴女の前で格好よくいたいって思っちゃ、駄目ですか?」

じっと見つめてくる翼さんは、真剣そのものだった。もちろん、格好いい彼が嫌いなわけではない。当たり前だ、好きなのだから。

「…駄目じゃ、ないよ?」
「じゃあ、」
「だけどさ、私の前では、ただの柏木翼でいていいんだよ。…格好いい翼さんも、雷にびっくりしちゃう翼さんも、全部いていいんだよ。だって、全部あってこその貴方だもの。」

それに、全部見れるのは、私だけの特権でしょ?
なんて、笑って言ったら、もう一度ぎゅうっと抱きしめられた。少し首にかかる吐息と身体の触れている箇所から、翼さんの体温が上がっている事に気づいたけれど、何も言わないままにした。


「……だからさ、私の前では強がったりしなくて良いよ、翼さん。誰にだって、好き嫌いがあって当然なんだから。」
「つむぎさん、」

ありがとう。そういう彼の言葉は、少し震えていた。答えの代わりに、ぽんぽんと頭を撫でてあげた。



そのまま、眠りに誘うように規則正しく背中を軽く叩く。いつの間にか、雷鳴は聞こえなくなっていた。





(大丈夫、私も貴方も今はひとりじゃないから。)