マリオネットとクディッチ

箱の中でフローバーワームが蠢いている。シアはそれをぼんやりと眺めていた。
魔法生物飼育学の授業中。どうやらグリフィンドールとスリザリンの時間にひと騒動あったらしく、この授業はひたすらフローバーワームを眺め、時折キャベツを与えるだけのものとなっていた。
正直暇だ。暇すぎる。
去年バジリスクを見て以来魔法生物というものに興味を持ち、この授業にも期待をしていたのだが、どうやらそれは無駄だったらしい。
はあ、とため息をつけば、リドルがこちらをまじまじと見つめてくる。そしてそっと口を開いた。

「……君、変わったよね」
「……なにが?」

言葉の意味がよくわからず尋ねれば、彼は「表情」と言う。

「最近、感情を見せるようになった」
「……そう?わたしはそう思わないけど」
「自覚がないだけだよ。ふとしたときに、笑ったりしているし」
「そう、なんだ」

彼から視線を逸らすと、シアは両手で頬を押さえた。どうやら表情筋が仕事をし始めているらしい。
そんなこと初めて知って、困惑した。笑ったりしているということは、つまりシアがそんな気分になっているということである。

(感情なんて、ないと思ってたのに)

いつの間にそんなものを感じるようになったのだろう? そんなことを疑問に思っていると、「シア!」と声がした。シアの名前を呼ぶのはリドルを除くとこの学校でたった二人だけ、しかも一人は上級生だから今呼んでくるとしたらたった一人。
シアがそちらへ視線を向ければ、予想した通りハンナ・アボットがそこにはいた。彼女はこちらへ駆け寄ってくると、シアの隣にしゃがみ込む。

「いきなりこれを訊くのは失礼かもしれないけど……シアってディゴリー先輩と噂になってるよね。どんな関係なの?」
「かもしれないじゃなくて十分失礼だ」

横でリドルがボソリと言う。その声はどことなく不機嫌そうで。
とりあえず彼の言葉を無視してシアは口を開く。

「別に……ただの友人だけど」
「本当?」
「うん、ほんとう」

するとハンナは「そう……」と深刻そうな表情を浮かべる。どうしてそんな顔をするのか内心首を捻っていれば、彼女はきょろきょろとあたりを見回し、声を潜めて言う。

「気をつけてね。シアがディゴリー先輩と付き合っているんじゃって思ってて、ちょっと視線が怖い先輩がいるから。しかも何人も」
「……ありがと」
「どういたしまして」

ハンナはにこりと笑う。そうして立ち上がろうとして――

「そういえば、シアっていつもクディッチ見に来てるっけ?」
「……行ってないけど」
「じゃあ次の試合行かない? 試合が変更になって、ハッフルパフとグリフィンドールの試合になったのよ。ディゴリー先輩も出るし、どう?」

その言葉にどうしようか考える。全校生徒どころか教員までもが熱狂するクディッチは確かに気になっていた。
しかしもし楽しめなかったら、と思う。一人だけ静かに観戦するとなると、周囲まで盛り下げてしまうだろう。
悩んでいると、声を出してきたのは意外にもリドルだった。

「行ったら?」

思わず彼のほうを見る。彼はぷいっとそっぽを向くとぶっきらぼうに言い放った。

「君はもう少し周囲と関わりを持ったほうがいい」

そのことに関しては自覚はある。しかしほかでもないリドルがそう言ったことが意外で。
目をぱちぱちさせていると、彼はなにも言うことなく姿を消した。多くは語らないらしい。

「シア?」
「……なんでもない。クディッチ、行くね」
「本当? じゃあ一緒に行きましょ!」
「うん」
「シア、当日を楽しみにしていてね!」

なんてったって魔法界で一番のスポーツだもの!
そう言うとハンナは「じゃあね」と手を振ってほかの友人の元へと向かう。元気に溢れたその姿に、シアはそっと目を細めた。



そしてクディッチ当日。シアはハンナに叩き起されて朝早くから大広間へと向かう。
休日にもかかわらず大広間には多くの生徒がいて、その大半がクディッチのことを話していた。いつもと同じくらい、もしくはそれ以上に騒がしかったが、ピリピリとした雰囲気の漂う一角がある。
今日試合をするクディッチの選手たちだった。彼ら彼女らはみな緊張した面持ちを浮かべて朝食を口にしている。
そこに見慣れた姿を見つけ、シアは駆け寄ろうとした。
けれど。

「シア、今は行かないほうがいいと思う」

ハンナに止められた。どうしてなのかわからず首を傾げれば、彼女は真剣な眼差しをセドリック――正確には彼に群がる女生徒立ちへ向ける。

「あの中に、シアのこと恨んでる先輩いるからね」

シアは彼女に続いてそちらへ視線を向ける。確かに、見覚えのあるような人がいるようないないような……。

「……ありがとう」

とりあえずお礼を口にし、セドリックとは離れた席へと向かう。ハンナは笑うといろいろと話をし始めた。
彼女と雑談をしながら――と言っても話すのはほとんどハンナである――朝食を摂っていれば、やがてクディッチの選手たちが立ち上がり始めた。そろそろ競技場に向かう時間なのだろう。

「声、かけに行く?」

同じように選手たちの動きに気づいたのだろう、ハンナが尋ねてきた。誰に、とは言わなくても通じた。
シアは小さく頷く。

「行く」
「じゃあいってらっしゃい。私はここで待ってるわ」
「わかった」

シアは立ち上がり、今にも大広間から出ようとしている選手たちのもとへと小走りで向かった。
そして。

「――セドリック」

それはお世辞にも大きな声ではなかった。しかしなんとか彼には届いたらしい。
セドリックはこちらを振り返ると、驚いたように目を見張った。

「シア」
「……今日、見に行くから」

それだけ言うつもりだったのだが、ふと思い立って言葉を続ける。

「応援してる」

するとセドリックはよりいっそう目を見開き――そしてふわりと笑った。

「ありがとう」