破
ぼんやりした頭のまま、私とマーリンは色んな話をした。
何もかも上手くいかない私の人生は、このままじゃお先真っ暗だよ、と笑ったら、マーリンは私の頭に手を伸ばした。大きな手で髪の毛をかき混ぜられる。
「何」
「いや、なんでも?」
「へんなの」
ちょっと語尾が滲んで、誤魔化す為に立ち上がる。
いつの間にか足元に咲き乱れていた花畑はひんやりとした石畳の床になっていた。立ち上がると胸の高さの辺りから窓のように壁が開いていて、遠い地面に風に揺られる花弁が見える。
「どの位の高さがあるんだろう」
「好きにしていいけど、そこから飛び降りたって、キミはふわふわ浮遊するだけだろうね」
何せ夢だからね、とマーリンは笑う。後ろに座っている彼は目を伏せて、ゆったりと袖を広げている。
縁に足をかけて、腕に力を込めて体を持ち上げる。痩けた体が震える。
「ちょ、何やってるんだい!?」
背後で衣擦れが聞こえて、焦って身を乗り出す。止められるものか。
縁にしゃがんで下を覗き込むと、此処が随分と華奢な塔だと見えた。壁には規則正しい装飾が施され、周りを取り巻く宝石のように見えるものがキラキラと輝いている。
「綺麗だね、此処」
何かを返される前にぱっと足に力を込めて飛び出す。ぶわりと服が巻き上げられて、内蔵が浮き上がるような感覚がする。
ちゃんと落下するじゃないか、嘘つきめ。
「こういうのは心臓に悪いぞう!」
上から大声がして見上げると髪の毛やら裾やら袖やらをバサバサと撒き散らしながら此方へ手を伸ばすマーリンが居て、その姿はあまりにも滑稽だった。
「あは、あはは、あははははは!」
空中なのに驚く程の大きな笑い声が出て、あまりにも楽しくて、私は腹を抱えて深く息を吸った。
「面白い!楽しい!すっごいたのしいよマーリン!!」
「それは良かった」
すぐ耳元に息を感じて息を飲んだ。
いつの間にかマーリンの柔らかな袖に包まれていて、体は宙に浮いてゆったりと降下している。
「マーリンってさ、魔法使いか何かなの?」
彼の腕から顔を出して下を眺めながら問いかける。うーん、と唸る振動が、触れ合ったところから伝わって心地よい。
「魔法じゃなくて魔術。魔術師だよ」
よくわからなくてふうん、と返事をする。マーリンの胸元に耳を寄せると、薄らと鼓動音が聞こえて息を吐いた。
安心する。此処でずっと抱き締められていたい。叶わないのは分かっているが。
そうだ、と声が上がって彼を見上げる。ニマ、と笑みを浮かべたマーリンの顔があった。
「キミも此処で永遠を過ごすというのはどうかな」
幸せな夢だ。幻想が実像を結び、虚無の私へを手を差し伸べている。
息が苦しい。前が見えない。嗚呼、なんて酷い夢なんだろう。私はこれが夢だと気付いているのに。
「それは、…それはすごく、いいね」
「そうか、では」
頷くマーリンに腕を伸ばして、突き飛ばす。ばさりと音を立てて彼の体勢が崩れる。
足下は花畑のすぐ上まで来ていて、私の素足が柔らかな花弁を踏み潰す。
「そんなの出来るわけないじゃん」
花園は消え去り足元が崩れた体は暗闇に放り出される。
上着は皺が堅く着いてしまっていた。手頃なハンガーを持ってきて部屋の隅に吊るす。着ていた衣類とシーツを一緒くたに洗濯機に詰め込んで、風呂場の扉に手をかけた。
しゃがみこむ。私の脳はなんて残酷な夢を見せるのか。ボタボタと垂れた滴が床の溝を伝って流れていく。喉がひくつくのを飲み込んで、シャワーを被る。
痣だらけの肌が滲む。筋になって流れるお湯に私の皮膚が溶かされて、混ざって、白い床を汚していく。排水溝へ吸い込まれてドロドロのヘドロのように詰まって少しずつ管を伝っていく。
そんな妄想をした。
髪の毛を乾かして、化粧水を塗りたくって脱衣所を出ると、部屋に差し込む光は細く長く伸びていた。ガンガンと痛む頭を鎮痛剤を飲み干しなだめすかして、冷蔵庫からゼリー飲料を取り出す。手が悴んで上手く開かない。
「さむいなあ」
冷えきった部屋に温度のない声が飲み込まれる。彼は居なかったようで、返事を返してくれなかった。
「………ま、あ、り、ん」
あは、と声が漏れる。名前が付いたのが嬉しくて、心がふわふわと浮き足立つ。彼の声が聞こえ無くなったら、きっと自分は本当に死んでしまうだろうなとふと思った。
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