廊下の曲がり角に人影が見えたかと思えば物凄いスピードでこちらに近づいてくる人がいた。
トイレでも我慢してるのかなあなんて呑気に考えていたら、それは筆舌にし難い顔をした六道でガシッと私の首根っこを掴んで足早に引きずっていく。
『え、なに?って、首!しまってるんですけど!!トイレだったら通り過ぎたよ?』
「…何言ってるんですか。いいから黙って着いてきなさい。緊急事態です」
『は?』
神妙な、でもどこか焦っている風な六道が珍しくてじっと見ていたら手を離された。
「君には貸しがひとつありましたよね?」
貸しで思い当たることは確かにひとつあったがあれは無かったことになっていたんじゃないのか。あの後、何度か顔を合わせてもその話題に触れることはお互いなかったのだし。忘れろと云うことなのかと思っていた。だから特にこちらからもわざわざ話を振ることもなかった。
「バレました」
『何が?』
首を傾げると「本当に記憶力もない残念な頭をしているんですね」とか言い出す。こ、このやろう!
「君と会っていたことが恋人にバレたんです」
『は?』
「相手まではまだ特定されていませんがそれも時間の問題でしょう。精々刺されないように気をつけて下さい」
では、と立ち去ろうとした六道の首根っこを今度は私が掴む。ぐえっと潰れた蛙の鳴き声みたいな声がした。
『…ちょっと待って』
「何ですか?」
『……あんた、彼女いたの?』
「いますよ。むしろいない方が可笑しいでしょう」
憎たらしい顔をして笑う六道に思わず手が出そうになる。お、落ち着け、私。
『彼女いるのに他の女に手を出したっての?』
「だって君が人目も憚らず無様に泣いていたからでしょう。慰めてやったんだから感謝して欲しいくらいですよ」
本当に刺されるべきはこいつの方なんじゃないのか?
『って、ちょっと!近いんだけど!!』
「…一度関係を持ってしまったら何となく」
何となくで触ってくるんじゃない!
腰の辺りを緩く撫でる手を振り払うと不思議そうに目を瞬かせた。
『こんなとこ、その彼女に見られたら不味いんじゃないの?』
「ええ、非常に不味いです。多分きみは刺されるくらいでは済まないでしょうね」
『じゃあさっさと離れて』
「…わかりました。」
とりあえずこいつの彼女の目に止まらないよう気をつけないとなぁ。任務以外で負傷するのは避けたい。しかも六道の色恋沙汰に巻き込まれてなんて日にはどんな尾ひれがついた噂が出回るのか考えただけで恐ろしい。
『って、おい!』
「なんですか?」
『なんですか、じゃないでしょ!今、あんたの彼女に見られたら不味いって話をしてたばっかでしょうが!』
「だからその打ち合わせをしに行くんじゃないですか。ふたりきりで」
『アホかーーー!!!』
こいつ全然反省なんかしてない。