チョコレートドリンク

以前骸さまが好んで飲んでいた店のチョコレートドリンク。最期に飲ませてあげたかったな、なんて感傷に浸りながら突き刺さっていたストローを口に含む。甘い。
いまだに骸さまがこの世からいなくなっただなんて信じられない。
昔は、それこそ10年前まではいつも皆と一緒に居て、居ないことの方に違和感を感じていたのに、いつの間にか居ないことの方が当たり前になっていた。それでも皆どこかで生きているんだと思っていたし疑いもしなかった。なのにこんなことになるだなんて。骸さま。私達の支柱の人。骸さまが居てくれたお陰で私達はあの場所から逃げ出せたしその後も迷わずに突き進むことができた。
例えどんなに無謀な願いでも私達にはそれが必要だった。それを与えてくれた骸さま。一体どんな場所でどんな風に最期を迎えたのだろう。せめて私達で弔ってやりたかった。
骸さまの遺体はボンゴレが手を尽くして探してくれているらしい。ボンゴレリングの回収の為のついでかもしれないが、今動きの取れない私には有り難かった。
それにしても有難いだなんて感情が私に芽生えるだなんてどこかまだむず痒い。こんな風に思えるようになったのもきっと骸さまの代わりにあの娘が現れてから。
あの娘が現れてから私達には少なからず変化があった。そしてそれは骸さまも例外ではない。いや、骸さまこそ一番影響を受けていたのかもしれない。

それにしてもおかしいな、さっきから骸さまのことを考えていたからだろうか。骸さまの幻まで見えてくるだなんて。
荒々しくドアを開いて入ってきた骸さまの幻は息を切らせていて、ここまで走ってきたのだろうかなんて思ってしまう。骸さまのそんな必死な姿なんて見たこともないのに。いつもどんな窮地に立たされていたとしても、シニカルに口の端をつり上げ挑発してくるのが私達の骸さまだ。

「なまえ!」

更に声まで聞こえてくるだなんて。最期に会いに来てくれた時と寸分違わないその声に思わず手にしていたチョコレートドリンクを投げつけてしまった。カップは骸さまの幻に向かって飛んでいく。
骸さまの幻は難なくそれを打ち返し私の元へ戻ってきた。カップの側面がへこみ蓋が外れ液体を撒き散らしながら私を襲う。 胸元へと目掛けて落ちてきたチョコレートドリンクは白地のセーターに茶色く染みを作っていく。ストローのついたままの蓋が胸の間にストンと刺さった。ぬるくなってきていたので火傷は免れたがそれでも隙間から伝うドリンクが不快であることに代わりはない。胸元のあいた服なんて着なきゃよかった。

「ああ、ちょうど喉が渇いていたんですよね」

近づいてきた骸さまは何を思ったのか突き刺さっていたストローに口をつけ始めた。おい、待て。

『骸さま、お願いですから成仏してください』
「ああ、そうですそうですそうでした。確かにお前には悪いことをしたとは思っていますが、何もそこまで拗ねなくてもいいじゃないですか。妬くのは結構ですが、度が過ぎていますよ」

ストローから口を離した骸さまの幻に咎められた。しかし話の内容がさっぱりだ。

「まあ、今回の件は僕にも非はありますのでお互い様ということで目を瞑りましょう」

よく分からないがどうやら許してもらえたらしい。ほっと息をついたところで、ふと骸さま越しに見えた壁掛けの時計が目に入って慌てる。

『骸さま、あの世からせっかく来ていただいたのに申し訳ありません。これから人と会う約束があるので、このお話はまた次回…』

ピクッと不愉快そうに眉をつり上げる骸さまに首を傾げる。それより早く消えてもらって着替えないと迎えが来てしまう。

「お前は…」
『あの、本当にそろそろ着替えないと時間が……』

はあ。と呆れたように深く息をはかれた。

「いいでしょう。僕が手伝ってあげましょう」
『いえいえ、そんな骸さまの手を煩わせるだなんてとんでもない……ですからいい加減さっさと成仏してここから立ち去ってください』
「……ほう」

すっと目を細めてにこりと笑われた。えっ、どうしてまた怒ってんだこの人は。許してくれたんじゃなかったのか。

「まずは汚れを綺麗にしませんとねえ」
『はぁ?!ちょっ…と、』

ストロー付きの蓋を胸元から引き抜き放り投げたかと思えばセーターを捲し上げて下着も剥ぎ取られた。外気に晒されてひやりと震える。そして熱い舌で汚れたままだった箇所を舐めとられていく。

『…んっ…っ…』
「おや、ただ綺麗にしているだけですよ。何を感じているんですか」

意地の悪い顔をして笑う骸さまを睨み付ける。
誰のせいでこうなったと…。しゃあしゃあと言ってのける骸さまの幻に………幻?ここで私はようやくおかしいことに気づいた。いや、おかしいのは最初からなんだけど。
いまだ執拗に胸を弄っている骸さまの手に自分の手を重ねる。……温かい。こくりと喉をならしてじっと骸さまを見ていると私の視線に気がついたのか顔を上げた。

『あの、骸さまって死んでるんですよね?』
「失敬な。ちゃんと生きてます。生きてこうして君を抱いています」

くらりと目眩を起こしそうになった。いや、そんなバカな。だってクロームが泣きながら骸さまの気配が感じられないと言っていたのは、ボンゴレが悲痛な面持ちで骸さまの訃報を伝えにきたのは、雲雀恭弥がつまらなさそうに目を伏せていたのは、あれらは何だったんだ。
犬はボンゴレに掴みかかって怒鳴っていたし、千種はぐっと掌を握りしめ何かを堪えていた。そして私は呆然とそのやり取りを眺めていたというのに、この人は生きていた。

『骸さま…ほ、んとうに……?』

ぺたりと確かめるように骸さまの頬に触れると優しく目を細めて「ええ、生きています」と微笑んだ。どんなに焦がれようともうこの人に会うことは叶わないと思っていたのに………じわりと目に膜が張り始めたところでずぷりとこの場にそぐわない音が聞こえてきた。感動の再会に何してくれてんだこの人。

「ほら、僕ですよ。ちゃんと君は知っているでしょう?」

ずぷずぷと音をたてながら奥へと侵入してくる。知っている。ちゃんと知っているが、そんなことしなくてもわかるのに。

『む、くろさ…』

ま、と続けようとした言葉はノックの音にかき消された。誰だよ、こんな時に。そして開かれたドアの先にいたのは待ち合わせていた筈の相手で……ハッとして時計に目をやると待ち合わせの時間はとうに過ぎている。

「何度か連絡したけど、連絡が取れなくてきたんどけど…なに、これ…?」
『これは、』
「今、取り込み中なので後にしてください」

ずぷりと奥の方を掠めたそれに思わず声が漏れてしまった。満足そうに笑う骸さまと、顔を青ざめさせて部屋から出ていく彼。ああ、待って。これは違うの。パタリと閉じられたドアに手を伸ばそうとしたが呆気なくそれも阻まれる。

「さて、邪魔も居なくなりましたし続けましょうか」

からりと笑う骸さまが信じられない。
本当に何してくれてんだ、この人。


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