小指の温度
彼が私の住まいを突き止めてからというもの毎日、もう住んでいるのではないかというくらいの頻度で訪ねてくるようになった。弟は「お願いだから、いい加減出ていってくれ!」と泣きだす始末。それを何故か我が物顔で夕飯の並んだ食卓の前に鎮座していた彼も聞いていて「ほら、弟君もこう言っていることですしそろそろ本格的に僕と一緒に暮らしましょうよ」「是非お願いします、姉を任せられるのは貴方だけなんです六道さん」「クフフ、当然です。さあそうと決まれば思い立ったが吉日。明日にでもどうです?」「いいですね。荷造りはまだダンボールから出していないものもあるんですぐに終わりますよ」「そうですか。では明日の朝、迎えを寄越しますね」といった具合に口を挟む間もなくトントン拍子に話が進んでいった。
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明日迎えに来るのではなかったのかと思いつつ部屋に客用の布団を敷いているとすっと襖が開きお風呂から上がってきたばかりの彼がほかほかと湯気をたてながら入ってきた。弟にも早くお風呂だって言わないと、と思いつつ枕を並べていると「明日、楽しみですね」と敷き終えたばかりの布団の上に腰を下ろしてきた。私としては本意ではないのだが、あの日のように嬉しそうに笑う彼を見ていたら気づけばつられるように『そうだね』と頷いていた。しまった、と思った時には遅かった。満面の、あの蕩けそうになる笑みを浮かべた彼の顔が近くにあった。かと思うとぽすっと柔らかな衝撃が後頭部を襲う。
「ここにいると、こういうコト、あんまり出来ませんものね」
そういって啄むように触れてくる唇に、嘘つき。毎日そういうコト、やるくせに。という言葉は喉の奥の方に飲み込まれた。代わりに絡ませてくるまだお風呂の余韻の残る彼の指を思いきり握りしめた。