鼻梁:愛玩
険しい顔をして彼女の気に入りのぬいぐるみを抱えて歩いているのを目にとめた。周りにはいつも付き添っている連中がいないことを不審に思い声をかけると険しい顔のままこちらへとことこと歩いてきた。
「どこに行くんです?」
『家出するの!』
ふんっ、と鼻息荒くそう宣言した彼女の背中には小さなリュックサックがパンパンに膨らんでいる。面倒だと思いつつもここでほったらかしたと知られたら更に面倒なことになりそうなことは明白。息をついて膝を曲げ目線を彼女に合わせる。
「一体どうしたというんです?」
きゅ、と口を横に引いて『パパが…』と瞳を揺らして小さな口を開いた。
『パパがお仕事になったから遊園地行けないって言ったの!ずっと前からやくそくしてたのに!』
「…そうですか」
なんとも可愛らしい理由で家出を決意したようだ。さて、どうしたものか。周りを見回してみても押しつけるに適した都合の良い人間がいない。
眉間に皺を寄せて憤慨しているが、『あっ』と何かを思い付いたように声をあげた。
『むくろも一緒にくる?』
「いえ、残念ですが僕も招集されていますので」
そう言うとしゅんと気落ちしたように項垂れ、ぎゅうと手にしていたぬいぐるみに顔を埋めた。家出と息巻いたのは良いもののやはり一人では不安なのだろうか。なにせなまえは生まれてこの方一人で行動したことがない。いや、行動することを許されていないといった方が正しいのか。だからこうして一人でボンゴレの屋敷内といえど歩いていることが珍しい。だから僕も仕方なく声を掛けた訳だが。
『お仕事、いそがしいの?』
「ええ、まあ…」
そうですね、と適当にはぐらかそうかとも思ったが、一拍考えた後に口角をあげてなまえへ向き直る。
「でも、君のお誘いを断るわけにはいきませんね」
元々乗り気ではなかった今回の招集。適当な理由をつけてエスケープしてやろうと思っていたのだが、ボンゴレの本部へ来るまでに上手い言い訳も思い浮かばず結局はここまで来てしまった。
なにせあの忠犬に今回は死んでも来いと理不尽なことを言われたので、それなりの理由を用意しておかねばならないと思っていた矢先に舞い込んできたのだ。利用しない手はない。
『ほんと?』
ぱっと嬉しそうに顔をあげてまるで飼い主に尻尾を振る犬のように飛び付いてきた。
そのまま抱き上げれば、首に手を回しぎゅうと抱きついてくる。
「獄寺隼人に叱られたら一緒に謝ってくださいよ」
『うん!』
彼女はこのボンゴレの小さなお姫様。次期ボンゴレ、もしくはその妻として僕と対峙する日も来るのかもしれない。でもそれまでは一時休戦といきましょうか。
父親譲りの鼻先にくちづけると楽しそうに声をあげて笑った。
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