暇で暇で

体温よりも高い数字を叩き出している景色を眺めて額の汗を拭う。こんな筈ではなかった。
アジア独特の湿気を孕んだ気温に辟易とした記憶があるが、10年前来た時はここまでではなかった。それがどうして…。
延々と続く道路の先はゆらりと陽炎が揺めき更に暑さが加速していくようだ。
隣を歩く骸さまを見上げると暑さなど関係ないとばかりに涼しげな顔をしている。なにこの人。もしかしてなんか隠し持ってるのではとつい疑いの眼差しを向けてしまう。
しかし骸さまの手荷物は道すがらコンビニで購入した飲料の入ったビニール袋ひとつで涼をとれるものなどそのビニール袋に入った清涼飲料しかない。対して私の手にしっかりと握られたスーツケースには数日滞在するにあたっての荷物がこれでもかというくらい詰められていて道が悪い歩道を歩かせるとガタゴトと不快な音を立てて私の行く手を阻もうとする。
何もこんなになるまで詰めなくとも良かったのではないかと思われるかもしれないが、悲しいかな実際の私の荷物はこの中のほんの一部で残りは全て骸さまのものだ。
骸さまの言う「現地で買い求めればいいでしょう」という言葉を鵜呑みにして最小限の下着の替えのみを用意していた私に、スーツケースを覗きこんだ骸さまが「おや、まだスペースがありますね」と涼しい顔をして自らの荷物を詰め始めたのだ。無論骸さまの暴挙に対し抗議をしなかったわけではない。しかし「お前と僕では最小限の量が違うのです」と鼻で笑われ大人しくここまで重くなったスーツケースを運んで来たのだがこの暑さと理不尽さに私の堪忍袋もいい加減我慢の限界を迎えた。

『骸さまっ!』
「なんです?」

声高に叫ぶ私にやっぱり涼しい顔をして見下ろす骸さまに一瞬怯んでしまう。うう…負けちゃダメだ…!

『荷物!持ってください!これ、殆ど骸さまの荷物なんですよ?!私ずっとここまで運んで来ました!腕ももうパンパンで限界です!』

そう叫ぶとパチリと瞬きをひとつ。

「そう言うことは早く言いなさい。お前が頑なに譲ろうとしないので見上げた下僕根性だと思っていたところです」

いちいち腹のたつ物言いだが少なからず荷物を持つつもりではいたらしい。
骸さまにスーツケースを手渡し代わりに「これを持ってください」と渡されたビニール袋を手にしたところでガクリと肩が重力に引っ張られ地面に勢いよくビニール袋がついて鈍い音がした。

『?!?!?!』

何が起こったのかと袋を覗き込もうとしたところで、堪えきれないとばかりに声をあげる骸さまにつられて顔を上げるとくふくふと楽しそうに目を細めてにやついている。非常に腹立たしい顔だ。
苛立ち紛れにビニール袋を乱暴に開けると、中のものを目に留めてひくりと頬がひきつる。
なんで2リットルのペットボトルが5本も入ってんだ。さっきまで500ミリのペットボトルがひとつだけだったはず…。
買っているところをちゃんと見ていたし、私が息を切らせて荷物を運んでいる横で涼しい顔をして購入した清涼飲料を飲んでいたからそれは間違いない。だとすればこれは骸さまが仕込んだ幻覚なのか。随分手の込んだイタズラにそんなに暇だったならさっさと荷物を押し付けてやればよかったと後悔しかない。
いずれにせよいくら考えてみても腕の中の重さは変わるはずもなくギリギリと私の指を締め上げて血の流れを止められた指先が赤くなっていく。

「ほら、頑張って下さい。後もう少しで目的地ですよ」
『…はい』

スーツケースを引いて颯爽と歩き出した骸さまの後ろをビニール袋を握り直し項垂れながらのろのろと着いていった。



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