今週に入ってから私の身の周りで不可解なことが起こっている。
1日目。
朝、部屋を出たら綺麗に揃えられた靴が置いてあった。一瞬自殺のそれかと思ったがパトカーや救急車も来ている気配はないし大方酔っぱらいが間違えてここで脱いでしまったのだろうと自分の中で結論を出して、持ち主がいつ取りに来てもいいようにガスメーターのところに移動して会社へ出勤した。
2日目。
玄関のドアを開いたと同時にかしゃりと何かが落ちる音がして目をやるとパールのネックレスが落ちていた。拾い上げて粒を触ってみるとざらりとした感触。前にちょっと調べてみたことがあるが本物はイミテーションのプラスチックのつるつるした手触りのものとは違いざらざらした感触がすると書いてあった気がする。ではこれは本物か?本物ってお高いんでしょう?物騒な。面倒ごとには巻き込まれたくないのとバスの時間が迫っていることが気になりお隣さんの部屋のドアノブに掛けて仕事へ向かった。
3日目。
前回に引き続きパールのイヤリングとブレスレットが玄関の前に置いてあった。危うく踏みそうになって慌てて足をどけた。シンプルな作りに冠婚葬祭どのシーンでも使いやすそうなデザインですよねーと思いつつこれまたお隣さんの部屋の前に置いて仕事に向かった。今日は遅れるわけにはいかないのよ。
4日目。
今日もやっぱり玄関の前にあった。前回、前々回と同様にパールをあしらった細工の綺麗な髪飾りだった。連日の高価な落とし物から察するに持ち主はもしや夜のお仕事をされている方なのかも。お互い働くのって大変ですよねーと若干同情しつつ隣の部屋の前に置いて仕事へ向かう。
5日目。
ちょっとこれは…。目の前には真っ白なワンピースがひらひらと風に揺れていた。ファンデーションついてないよね?寸でのところで気づいたから良かったけど勢いよく飛び出してたら私の顔拓がくっきりついてしまうところだった。危なかった…!しかしどんだけアグレッシブな酔っぱらいなんだ。でも持ち主の人は下着姿で部屋に戻っていったのかと思うと涙を禁じ得ない…なんか本当にお疲れさまです。
6日目。
目を開くとそこは見知らぬ部屋だった。あれ、私のワンルームマンションどこに消えた。実家でもないし友達の家でもない。
昨日はちゃんと家に帰った後、録画していたドラマを見ながら買ってきたご飯を食べてお風呂に入って自分の部屋のベットで寝たことは覚えている。まさか私、夢遊病とかじゃないよね。知らないところで目が覚めるって想像以上に不気味だ。人さらいとか?でも、実家がお金持ちでもないし私を拐うメリットなんてない。まあ無くもない可能性を挙げるなら私に恋慕の情を抱いている人が想いがつのってうっかり拐ってしまったとか?だったら拐う前に告白でも何でもして欲しかった。この世に生を受けたときから絶賛彼氏募集中だ。贅沢は言いません。あとは心当たりはないが誰かに物凄く恨まれているとか。まあこのご時世どこで恨みをかうかわからない。私も電車の割り込みとかされたらむっちゃ恨むからね。てっぺんから面白い感じで禿げろとか念を飛ばすし。
さてさて一通りの可能性を考えてみたけど、結局はこんなことをした人物から直接聞き出さないと分からないだろう。この家の家主を探そうと私の部屋のものよりふかふかのベットから起き上がったところで異変に気づき飛び起きた。
そう私はなぜかここ数日、家の前に置きざりにされていたものを全て身に纏っていた。なにこれ。どういうこと?すうっと血の気が引いていく感じがして再びベットに倒れ込みそうになったところでドアの開く音がした。目をやると端正な顔をした男の人が部屋の中へ入ってきた。
「ああ、起きましたか」
気安げに知らない人の名前で呼びかけられながらベッドの端に座り何かを探るようにじっと見つめられた。正直にいえば寝起きの目には悪い顔をしていらっしゃる。というよりこの人に全く見覚えがないぞ。困ったな。
『あの、どちら様でしょうか?』
「六道骸といいます。」
にこりと人好きのする顔で笑った六道骸さんは本当に同じ血の通った人間なのかと疑うほど綺麗で不気味だ。
生乾きのまま寝てしまったボサボサの自分の髪の毛が今更ながら気になり始めて手で撫で付けた。しかし手を離すとぴょんと跳ねたまま直る気配のない髪の毛が悲しい。
『私、どうしてここに居るんですか?』
「いえ、先日街へ出掛けたときに偶然君を見かけまして。遠い昔に恋人だった君が懐かしくなってお話ししてみたいなあと思い連れてきてしまいました」
くふふ、と楽しそうに喉を震わせて目を細める六道さんにぞくぞくと何かが背筋を駆け巡る。
『あ、あの、質問です!』
「どうぞ」
『私、生まれてから一度も恋人が出来たことがないんですが…どなたかとお間違いじゃないですか?』
「出逢ったのは前世ですから」
『なるほど…』
どうしよう。ちょっとやばい人なのかもしれない。それとも結婚詐欺とかのカモにされてるのか…。でも私、悲しいかなカモになるほどの資産を持ち合わせていない。よっぽどこのアクセサリーを売った方がお金になるのではないのだろうか。
『じゃ、じゃあこの洋服やらアクセサリーは?』
「以前の君のものです。とても気に入っていたものばかりだったので何か思い出してもらえるかと思い家の前に置いてみました」
『えーっと、』
「はい」
にこにこ笑いながら首を傾げている。
今回の悪戯の犯人はわかった。ならば私の行うことはひとつ。
『とりあえず、』
「はい」
『歯ぁ食いしばれ!』
「はい?ぐあっ…!」
私の拳が端正な六道骸さんの顔面へめり込んだ。
「突然どうしたんです?」
鼻を押さえながら目を白黒させている六道さんをキッとにらむ。
『大変申し訳ないんですが、全く全然これっぽっちも貴方に心当たりがありません!』
「そう、ですか…」
一瞬気落ちしたように見えたが、本当にそれは一瞬でまばたきをしている間に元に戻っていた。
『それとここ一週間ほど気にしないようにしていたんですけど、とても怖かった…!』
あ、やばい。今、涙腺が緩みそうになってる。今週に入ってからの数々の不可解な出来事と共に気づかない振りをしていた感情がフラッシュバックしてくる。本当は怖かったし、嫌がらせをされているのかと思っていた。だから毎日玄関を開けるのが億劫になっていた。だけど今日と明日は休みだから。部屋から出なければ嫌な気分にもならなくて済むと思って安心していた。なのに目を覚ましたら知らないところにいるし、知らない人に知らない名前で呼ばれて変なことを言われるし。ぐるぐる色んな感情が渦巻いて気持ち悪くなってくる。我慢していたはずの涙腺もいつの間にか決壊してぽたりぽたりと雫がシーツに落ちて染みていく。
「すみません。君を怖がらせるつもりはなかったんですが、」
触れようとして伸びかけた手が途中で止まり、ぎゅっと拳を握って結局六道さんの膝の上に落ち着いた。
「君に再び出逢うことが出来て純粋に嬉しかったんです。始めは仕事に向かう君の姿を見ているだけでした。それだけで満たされていたはずなのに人間とは欲深いもので今度は自分に気づいて欲しいと思うようになりました。だからあんな真似をしてしまった。怖がられているだなんて気づきもせずいつか思い出してくれたらなんて呑気に都合の良いことばかり夢見て。本当は気づいているんですよ。君と彼女が違うことも僕と彼が違う人間だということも。でも僕の中にも確かにあったんです。彼女ではなく君と話したい、触れてみたいという感情が。可笑しいと思うでしょう。僕自身可笑しいと思っていますから。はたしてこれが自分の感情なのか彼の感傷に引きずられているだけなのか自分ですらわからなくなってきているんです」
『…言っていることは正直よくわからないですけど、ずっと見ていたなんて悪趣味だと思います』
ぐずぐず鼻を啜りながらそう言うと「そうですね」と困ったように笑う六道さんにちょっとだけ胸がおかしくなった。
「最後に君に触れてもいいですか?もう君を怖がらせることはしませんから」
切なげに瞳を揺らす六道さんにシーツで右手を拭い恐る恐る差し出しすと、大切なものにでも触れるようにそっと握られた。
『あ、』
そのまま引き寄せられ六道さんに包まれる。これが最後と言っていたし前世での恋人みたいだし何だかんだで六道さんは怖いけど顔はいいし、まあいいかと思って身体を預けて静かに目を閉じた。
*
しばらく無言で向き合っていたが、いい加減長すぎないかこれ。どうしよう。声をかけていいものか悩んでいると深く深い溜め息が頭上で聞こえてきた。
「困りましたね…」
『?』
「帰したくなくなりました。」
『こ、困ります!』
「困ってください」
顔をあげると六道さんがムラッとしてる顔をしているのがわかる。あれ、もしかしなくても私の今のこの態勢すごくまずいんじゃ…。慌てて離れようと胸を押してみたが抱き締められる力が強まっていくだけで全然動かない。
「もうちょっと、」
『だめです。怖いことはしないんじゃなかったんですか?!』
「…………」
無言ーーーーー!完全にダメなパターンだこれ。なんかの変なスイッチが入ってしまったらしい。ぐぐぐっと体重を掛けられて六道さんの重みが掛かってきた。
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